
働き口が見つからず途方に暮れていたりん(見上愛)に声をかけた男・清水卯三郎は、日本橋で舶来品などを扱う「瑞穂屋」の店主だった。卯三郎は、勝海舟(片岡鶴太郎)とも縁がある、実在した明治の実業家。「風、薫る」の世界では、りんを瑞穂屋で雇い、やがて直美(上坂樹里)ともかかわっていくことになる。そんな卯三郎を演じているのは、歌舞伎俳優の坂東彌十郎。彼は、卯三郎の人物像をどのように受け止めているのか。
清水卯三郎は『不思議の国のアリス』のウサギをイメージ

――これまで大河ドラマ「鎌倉殿の13人」や夜ドラ「VRおじさんの初恋」に出演されていますが、朝ドラは初めてだそうですね。出演依頼があったときどう思いましたか?
とてもありがたいことで、「あ、ついに来たか」と思いました。朝ドラはよく拝見していますし、大河とはまた違ったうれしさがありましたね。夜ドラは現代劇、大河は鎌倉時代で、この作品は明治維新後が舞台。それぞれ時代は違いますが、スタッフの方々には共通する顔も多く、安心して仕事に取り組めています。
――「風、薫る」が、明治時代を舞台としていることでの面白さは?
歌舞伎にもこの時代を描いた「散切物」の演目があります。日本が大きく変化をした特別な時代ですよね。江戸から明治に移るとき、どちらの側に立つかで考え方が全く違ってくる。そのせめぎ合いがとても面白い。今はまだ物語の途中ですが、この先どう変化していくのか、期待しながら演じています。

――卯三郎を演じるにあたって、どのようにアプローチされたのでしょうか?
このドラマの中でどういう役割を担うのかを考えたとき、イメージが固まらないように実在の方のことはあえて深掘りはせず、監督の方たちがこの作品で作ろうとしている卯三郎の像に少しでも寄り添いたいと思いました。
そして最初に監督からは、「『不思議の国のアリス』のウサギのイメージで」という説明を受けて、「なるほど」と感心しました。アリスのウサギの雰囲気で、りんを不思議の国に誘えるような、ほわんと包み込むような役になればいいなと思いました。確かに、瑞穂屋にもそんな雰囲気がちょっとありますよね。店先にもウサギがいて、名前が卯三郎ですから、うまくつながればいいかな、と思ってます。
――あの蝶ネクタイもそのイメージだったんですね!
そうなんです。監督のお話をもとに演じてみたところ、「そう、それで! 面白いです」と言っていただいて。衣装も素敵ですし、演じていくうちにイメージが見えてきました。
――常に先を行って、りんたちを新しい世界に連れていく、というわけですね。
とにかく新しいことにワクワクしている人物ですからね。りんに「名前なんて一ノ瀬でもサンノゼでも、あれば構いませんよ」なんて言っていましたが、小さいことは気にしない。それは、多分史実の卯三郎さんとも近いんじゃないかなと思うんですけれど。
卯三郎は、なぜ先進的な考え方を持つようになったのか

――実際の清水卯三郎は、小栗上野介や渋沢栄一、五代友厚とも関係のある人物ですが、史実についても調べられたのでしょうか?
写真などは拝見しましたが、そこまで深くは調べていません。史実に縛られすぎるより、この物語の中で、これからトレインドナース(正規に訓練された看護師)になる人たちに、どういう影響を与えるのかを表現できればと考えています。その結果として、卯三郎さんご本人の雰囲気に近づければいい、という感覚ですね。
――実際、かなり先進的な考え方をされていたようですね。
慶応3(1867)年にパリ万国博覧会にも参加するなど、海外体験が大きかったのでしょうね。外国を見たからこそ、日本がどう変わるべきかを考えた人だと思います。
僕もヨーロッパが好きなのですが、三代目市川猿之助(二代目市川猿翁)さんに付いてオペラの演出助手として初めてパリへ行った後、舞台への考え方が全部変わりましたから、その感覚はよくわかります。
「リターンのない取引はしない」という卯三郎の意図は
――瑞穂屋のセットは、独特のものだと思うのですが、あのセットに入られたときの印象は?
まず最初の印象は、(彌十郎自身が)こんなに背が高くて体も大きいのに、どうしてこんなに狭く作っちゃったの!? と(笑)。普通に、まっすぐ立てる場所がほとんどないから、もう大変なんですよ(笑)。やっているうちに店の構造や歩き方がだんだんわかってきて、うまくこなしているつもりですけれど、セリフを喋りながら「あ、(体の)ここが当たる!」ということもありましたね。
――店に置いてあるものが、いろいろ特徴的で。
凝っていますよね。それが面白い。何にでも興味があるんでしょうね、彼は。少し節操がないというか、いろんなものをごちゃごちゃにして売っていたり、これもあれも扱いたいと、ちょっと見ただけで興味を持つ性格なんじゃないでしょうか。
――そのせいか、瑞穂屋には個性的なメンバーが集まってくることになります。
自然と人が集まりやすい場所、ってあるじゃないですか。きっと、そういうお店なんですよね。その中心に卯三郎がいるように見えればいいかな、と思っています。
――卯三郎とりんの出会いは、卯三郎が声をかけたことからでしたね。
沈んだ表情のりんを見て「おや?」と思ったんでしょうね。本来は新しい時代にワクワクしていいはずなのに、深く悩んでいる。その悩み方が、普通とは違うと感じた。卯三郎は好奇心の塊みたいな人なので、気になって声をかけたんだと思います。

――卯三郎はりんに「リターンのない取引はしませんよ」と言っていました。
商人としてのスタンスを保つための言葉でしょうね。優しい人だからこそ、情に流されないように自分に言い聞かせている。そのバランスが卯三郎らしいと思います。
若者を応援することで自分の夢につながればいい
――まだまだ謎めいている卯三郎ですが、演じながら彼の考え方をどのように感じていますか?
御一新(明治維新)を目の前で見て、大きな変化を感じて、自分がそこで何ができるかをビジネスとして考えたのかもしれない。そのうちに「自分以外の力のある人を育てよう」という考えが生まれたのかもしれない。
このドラマでは、りんと直美が看護の道へ歩んでいく物語だけでなくて、その周囲で時代がどう動いているのかも観てほしいですね。これから鹿鳴館や病院が登場し、卯三郎がどう関わっていくのか。明治という激動の時代の空気を、ぜひ楽しんでもらえたらうれしいです。