NHKスペシャル「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」は、猪瀬直樹のロングセラー「昭和16年夏の敗戦」を原案に、日本映画界の旗手・石井裕也監督が初めて戦争ドラマに挑んだ注目作。8月16、17日の放送を前に記者会見が行われ、出演者の池松壮亮さん、仲野太賀さん、中村蒼さん、制作統括の家冨未央エグゼクティブ・プロデューサーが登壇。戦後80年という節目にこのドラマが作られた意義や、そこに込めた思いなどを語った。
「この時代に語るべきドラマ」
真珠湾攻撃の8か月前の1941年4月、国の指示の下、若きエリートたちが集められる。彼らに課されたのは、模擬内閣を作り、出身官庁や企業から機密情報を集め、日本がアメリカと戦った場合のあらゆる可能性をシミュレートしていくこと。産業組合中央金庫(現・農林中金)調査課長で、模擬内閣で「内閣総理大臣」に指名される宇治田洋一を池松壮亮さん、同盟通信社政治部記者で、「内閣書記官長兼情報局総裁」を担当する樺島茂雄を仲野太賀さん、陸軍少佐で、「陸軍大臣」を担当する高城源一を中村蒼さんが演じる。
はじめは戸惑いながらも議論を進めていくうちに、彼らが導き出したのは、“圧倒的な敗北”という厳しい未来予測。彼らは勇気を振り絞って、開戦へ突き進む軍や本物の内閣との対峙を決意するという物語だ。主人公・宇治田洋一を演じた池松さんは、「この時代に語るべきドラマ」と評した。

池松 「戦後80年という特別なこの年に、この作品をみんなで発表できることをとても光栄に思っています。この時代にどうしても語るべきドラマ、これからの時代に残すべきドラマとして仕上がったのではないかと自信を持っております」
仲野太賀さんも、当時の人たちに思いを馳せ、誠実に向き合ったと語った。
仲野 「戦後80年のタイミングで、本当に素晴らしいキャスト、スタッフの方々が集まって、80年前に起こった戦争について、その時何があって、当時の人たちはどんなことを考えていたんだろうということを、誠実に向き合いながら作った作品になっています。今、この日本で総力戦研究所のことを描いたことは、我々があの頃の戦争にどういう風に思いを馳せるのかという意味では、とても意義のある作品になっているのではないかなと自信を持って言えます。たくさんの人に届けばいいなと思っております」

絶対に遠い昔の話にしてはいけない。
本作の舞台となるのは、総理大臣の直轄機関「総力戦研究所」。戦時中にこうした機関が戦況予測を行っていたことはあまり知られておらず、登壇した3人も、その事実を知った時は衝撃を受けたという。
池松 「これまでの戦争ドラマや映画とはまるで違うと思いました。終戦後、国家機密として伏せられてきたもので、80年かけてようやく語られるタイミングが来たのかなと思いました。こんな物語があったのかと衝撃でしたし、同時に、今の組織の中でもたくさん起こっていること、現代に通ずるさまざまな問題の根源があるとも思いました。 撮影期間中は、素晴らしい仲間たちと、もしかしたら自分たちがある日この国の未来をコントロールする責任ある立場に置かれ、自分の発言や選択によって未来が変わるかもしれない、この国の大勢の命を守れるかもしれない。そうしたことを考えながら、毎朝祈るような気持ちで、なんとか頑張っていました」

仲野 「実は戦争が始まる前に、すでに日本はアメリカに負けることがわかっていた。そういう研究をしていた総力戦研究所というものがあったという事実に、現代を生きる若者の自分としてはとってもショッキングでした。我々は戦争を経験していないし、親世代も経験してない中で、そんなことがあったんだっていう事実は、僕の無知もあるんですけど、すごく焦燥感に駆られました。もし現在も同じようなことが起きているとしたら、とても恐ろしいことだなと思って 。自分がこの状況に置かれたらどう思うだろうかなど、昔の話ではあるけれど身近に感じました。何が起こるかわからないこの時代において、これから見てくださる視聴者の方にとっても、遠い話には絶対してはいけない 。それをどうやったら我々が表現できるのかということを、スタッフ、キャストみんなで真剣に考えながらやっていました」

中村 「僕もまず、こういった研究所があったことに驚きました。そこには複雑な要因や、いろんな人の欲や権益 みたいなものが絡まっていることを感じました。僕は陸軍少佐で最初は開戦派なのですが、軍国主義に洗脳されているようなタイプにはならないように演じなくてはと思っていました。いろんな人の目がある中、こういうことは言ってはいけないという空気は、現代にも通じるものがあると思いながら演じていましたし、当時、こういうことがあったという、届けなければいけない声みたいなものを、自分の身体を通して演じられるのはすごく光栄なことだと思いました」
仲野太賀さん、父との共演前日に初めてふたりで飲みに行く
本作では、大勢の若きエリートたちが時には衝突しながらも、真剣勝負でシミュレーションを重ねていく場面が何度も登場する。出演者たちはこうした場面を演じるにあたって、何度もリハーサルを行ったという。
池松 「非常に重要なシーンですし、みんなで話していたのは、ドラマを観てくださるみなさんにも、この人たちにこの国の未来を託してみたくなる、そんなシーンにしたいね、と話していました。京都で撮影していたのですが、ホテルでは朝起きれば誰かに会うし、お風呂に行っても誰かと会う。ロケ地への行き帰りのバスの中で一人一人思うことを発言し、『今日はこういうことを頑張ります』と発表したり……。出番の多い少ないは関係なく、みんなが能動的に意見を言い合えるような環境をみんなが作っていたような気がします」

仲野太賀さんは本作で、父・中野英雄さんと初共演となった。中野さんは陸軍少将・武藤章役で、「総力戦研究所」のシミュレーション結果を報告する場で、若きエリートたちと対峙する立場にある。
仲野 「最初、共演すると聞いた時には『まじか』と思いました。今まで縁がなかったといいますか……。以前にも石井監督の作品で、別のシーンだけど、同じ作品の中で共存していることは一度ありました。でも今回、同じ空間、同じシーンの中で共存するっていうのは初めてだったので、ちょっと不思議な感覚になりました。そのシーンの撮影で、父と僕が真正面に配置されていて、これは誰かのいたずらかな? と思いながらも、個人的には非常に嬉しかったです。とてもお世話になっている石井監督のもとでこんな機会をいただけて感慨深い気持ちになりました。実は、撮影の前日に人生で初めて父とふたりで飲みに行きました。まさかこんなタイミングで心を通わせる場がくるとは思わず、何を話したかは、酔っぱらっていてあまり覚えてないんですけど、ただただ楽しかったです」

「豊臣兄弟!」でも共演する池松さんと仲野さん
仲野さん演じる政治部記者・樺島は、池松さん演じる宇治田が模擬内閣に対して消極的な態度を批判的に見ているが、次第に心が通じ合う関係性になっていく。ふたりは2026年放送予定の大河ドラマ「豊臣兄弟!」でも共演。仲野さんが主人公・小一郎(豊臣秀長)役、池松が秀長の兄・藤吉郎(豊臣秀吉)役で、兄弟役を演じることになっている。
池松 「このドラマは今年2月に撮影をして、『豊臣兄弟!』は6月から撮影が始まりました。昨日(会見前日)も、遅くまで撮影していました。このドラマは大河の前哨戦とは言わないけれど、テーマがテーマなだけに、懸命に願いを込めて、ひとつ作品を一緒に作るという経験ができたので、大河ドラマの兄弟役を演じる前に、大きなものがまた積み上がったなと思いますね」
一方の中村さんは、現在放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」で、蔦屋重三郎(横浜流星)の義理の兄である次郎兵衛役として出演中。そこで中村さんが、
中村 「『べらぼう』と平行して撮影していましたが、もしかしたら(豊臣兄弟!に)三男とかがいれば……」
と冗談交じりに話すと、池松さんも「これから登場予定かもしれません」と会場を笑わせた。
【あらすじ】
昭和16年4月。平均年齢33才の、多くの若きトップエリートたちが緊急招集された。軍人・官僚・民間企業から選抜された彼らは、将来の日本のリーダーとなるべき人材を養成する目的で新設された総理大臣の直轄機関「総力戦研究所」に参加することになったのだ。その目的は、軍事・外交・経済などの各種データを基に、日米が開戦した場合の戦局を正確に予測し、そのシミュレーション結果を近衛文麿首相(北村有起哉)、東條英機陸相(佐藤浩市)をはじめとする「本物の内閣」の面々を前に報告することだった。
当初、国や軍部の真意が分からず戸惑う宇治田(池松壮亮)らエリートたち。もしシミュレーションの結果が上層部の意に沿わないものだった場合、自分たちの身にも害が及ぶのではないか……。洋一や仲間たちはそれぞれが家族を抱える中、緊張にさらされ続ける。それでも、通常は国家機密である日本の国力を測るためのさまざまなデータにアクセスを許されるなど、宇治田たちはある種の興奮の中で、日米戦開戦後の戦局を占っていく。侃々諤々の議論の末に「模擬内閣」の若き閣僚たちが導き出した最終結論は、「もしアメリカと戦えば、日本は必ず負ける」というあまりにも厳しい未来予測だった。エリートたちの理性は告げる。「この戦争は止めなければならない」と――。
シミュレーション結果を「本物の内閣」に報告する日が来た。「模擬内閣」の若者たちは、勇気を振り絞ってシミュレーションが導き出した“現実”を国の指導者たちに伝えようとする。果たして、東條英機らの反応は――。そしてその後、宇治田たちが目の当たりにする“残酷な結末”とは――。
NHKスペシャル「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」
<前編> 8月16日(土)総合 午後9:00~9:59
<後編> 8月17日(日)総合 午後9:00~9:59
脚本・編集・演出:石井裕也
原案:猪瀬直樹『昭和16年夏の敗戦』(中央公論新社刊)
音楽:岩代太郎
題字:赤松陽構造
出演:池松壮亮、仲野太賀、岩田剛典、中村蒼、三浦貴大、二階堂ふみ、杉田雷麟、別所哲也 北村有起哉、嶋田久作、中野英雄、松田龍平、奥田瑛二/國村隼/佐藤隆太、江口洋介、佐藤浩市
制作統括:新延明(NHK)、家冨未央(NHKエンタープライズ)、布川均(ポニーキャニオン)、橋本櫻(東京テアトル)、永井拓郎(RIKIプロジェクト)
制作:NHK、NHKエンタープライズ、RIKIプロジェクト
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