やなせたかしと深い絆で結ばれていた作曲家・いずみたくをモデルとする人物、いせたくやを演じる大人気バンドMrs. GREEN APPLEのボーカル・ギターを担当する大森元貴。その大森に、劇中で「見上げてごらん夜の星を」の歌唱シーンについて話を聞いた。
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(いせたくやの人物像やモデルとなったいずみたくへの思いについて)
◆大森元貴 中編インタビューはこちら
(朝ドラ出演の印象や、共演者との思いについて)
プレッシャーを感じながら歌った「見上げてごらん夜の星を」
――名曲「見上げてごらん夜の星を」をアカペラで歌うシーンがありましたが、どんな気持ちで臨みましたか?
台本を読んで中園ミホ先生にしてやられたというか、「うわぁ、歌うんだ、僕」みたいな感じでしたね(笑)。でも、ちゃんと意図があるということが伝わってきました。たくやは出たがりではあるのですが“プレイヤー”、つまりシンガーではないので、そこで線引きをしていて、ドヤドヤと歌ったわけではありません。すごく純粋に音楽が好きだから、ミュージカルの劇団の人たちに対してハッパをかける意味で「見上げてごらん」を歌う、そういうシーンでした。
撮影の日は、やっぱり歌を歌っている普段の現場とは、全然マインドが違いました。いせたくやとして歌うことに緊張感があったし、このシーンの意図をぐるぐると考えていました。
――ライブなどで歌うのとマインドが違った、というのは?
僕は、数万人の聴衆の前で歌うこともあったりするので、そこで自己表現をすることに対してのマインドセットというのを生業にしていますが、たくやにとっては生業ではないんです。たくやの場合は、作曲や劇団員への指導という形になっていて、志すものは同じですが、彼はシンガーではない、というところに違いがあります。普通の人なら、人前で歌うとなると、それが数十人でも緊張しますよね。今回その緊張感を僕自身も味わったことでちょっと安心したというか、それが自分の中に生まれたということは、いせたくやとして歌えたという一つの指針になったような感覚もありました。

――やはり、ライブでの緊張感とは違うものなのでしょうか?
普段の活動は、自分が楽曲を作って、自分がプランニングして、どういうふうに表現するかというところまでかなり深入りして、自分から発生していきます。でも、お芝居の現場は、自分から生まれてくるエッセンスが、さまざま人たちと重なることによって、予想外の化学反応が起きたりします。その場その場の一瞬で起こったものを捉えてもらうということで、確かに感覚が違ってくるかもしれないですね。それが、すごく新鮮でした。
――「あんぱん」での音楽の描写について、演じてみてどう感じましたか?
音楽のリアリティーの部分や、楽曲が生まれることの偉大さ、難しさみたいなものは多少なりともわかっているつもりなので、それを担う責任を強く感じました。いずみたく先生は、本当に誰もが口ずさめる楽曲を作られた方ですので、プレッシャーの方が大きかったです。
たくやとして歌うことと僕が歌うことの面白みって、まったく別の意味を持っていると思うので、その落としどころは考えました。特に、歌い始めるまでのお芝居がすごく大事だと思ったので、本番の前には六原永輔役の藤堂日向くんとじっくりと話し合いました。

何万人の前で歌うよりも緊張したし、不思議な感覚でした
――ところで、「見上げてごらん夜の星を」歌うシーンのリハーサルの様子を少しだけ見せていただいたのですが、歌う前に手を胸の横でヒラヒラと動かすような不思議な動きをされていたのですが、どんな意図があったのでしょうか?
あれは全然ルーティーンとかではなくて、ただ純粋に緊張していた、という(笑)。それを解消するのに、どうしたらいいかなと思ってやっていました。あの日は、朝イチの撮影が歌唱シーンだったんですよ。「僕は、朝起きられなくて歌手になったはずなのに、朝早くない業界を選んだはずなのに、朝が早い……」と思いながら(笑)、どうやって気持ちを整えて歌おうと考えて、やっぱり体をほぐすことかなと。普段やらないことをやっているからなのか、何万人の前で歌うよりも緊張したし、不思議な感覚でした。
――撮り終えたときの充実感というか、手応えみたいなものはありましたか?
あの歌唱シーンは、「見上げてごらん夜の星を」というミュージカル全体にすごくきれいにつながっていく場面なので、フックになるというか、キーポイントになると思います。そのシーンをまず撮り終えたという達成感、ミュージカルシーンを撮り終えたという達成感が大きいですね。

――今回、メジャーデビュー10周年というタイミングで映画や、朝ドラ「あんぱん」に出演して活動の幅を広げていらっしゃいますが、それは節目の年にいろいろ挑戦してみたいという意向があったのでしょうか?
それはまったくなく、偶然が重なっただけです。本当に運命のように重なりました。僕の中では、今回、「あんぱん」に出演できたことがすごく大きいですし、巡り合わせってあるんだな、全部が繋がっているんだなと思わせてくれる作品です。