現在放送中の連続テレビ小説「ばけばけ」。制作統括の橋爪國臣と演出の村橋直樹のインタビューのなかから、今回は第1週「ブシムスメ、ウラメシ。」について回答した部分を伝える。
※制作統括&演出インタビュー①はこちら
ギリギリかわいく見えるのはおでこ?
――第1回の最初のシーンで、ヘブン(トミー・バストウ)がトキ(髙石あかり)のおでこにキスをしていました。冒頭がキスシーンで始まるというのは、朝ドラ史上でも珍しく、攻めの姿勢を感じました。そのあたりの経緯や狙いをお聞かせください。
村橋 台本で、蛇と蛙が見ていて、「やだ、ちょっと、朝よ! 夜だけど……夜だけど、朝なのよ!」という蛇のセリフもありましたが、手に顔を近づけると、手にすることがわかってしまいます。でも、口では朝ドラでやりすぎになってしまう。顔が近づいていっているように見えるのはおでことほっぺただけど、ほっぺたでもちょっと生々しい。じゃあギリギリかわいく見えるのはおでこなのかな、と現場でみんなと話をしておでこにしました。
あれ、髙石さんが本気で照れていると思うんですけど、手だったらああいう芝居にはならないと思います。あの場面では、もう10年近く連れ添った夫婦で、トキも30代後半に差し掛かっているんです。でも、あのふたりは時間が経っても新鮮な夫婦関係が続いていたんだな、ということが見えた方がいいし、「いつもしてます」みたいな感じだとよくない。それであの形にしました。
小泉セツさんが残した『思い出の記』を読むと、こういう距離感だったんだな、ということがすごくわかるんですよ。べったりじゃないけど愛情がにじみ出る文章で。それをベースにふたりの関係性を作ろうとしているので、そういうものがうまく出たファーストシーンだったかなと自分では思っています。
橋爪 『思い出の記』はポイントになる本で、役者さんに「私たちがやりたい空気感はこういうことです」とお伝えして読んでいただきました。主題歌を担当してくださったハンバート ハンバートさんにもお渡ししました。台本もお渡ししたのですが、台本を読みすぎると細かなことに引っ張られてしまうので、この本の雰囲気を歌にしますと作曲されました。
「ばけばけ」は、ふたりが生きていく話ですが、やっぱりラブストーリーだと思うんです。それが25週続くことを冒頭で示せたと思っています。怪談も登場しましたが、この先もいっぱい出てきます。でも、ただ怖い話ではなくて、ふたりの愛の言葉みたいに聞こえてくるとうれしいです。
ふたりの物語を「ヘブンさん言葉」で伝えられたら
――第1週のタイトルが「ブシムスメ、ウラメシ。」とカタカナで書かれ、第1話の冒頭にあったヘブンのカタコトの日本語を思わせるものでした。タイトルの狙いをお聞かせください。
橋爪 史実の小泉八雲とセツさんも、息子さんたちですら何を言っているか聞き取れなかったという、ふたりにしかわからない「ヘルンさん言葉」で会話されていました。どんなことを喋っていたかが文章にも残っていますが、“ふたりだけの世界”みたいに感じられてとても素敵です。
でも、本当にふたりにしかわからないと視聴者にもわからないので、聞き取れる程度にしているのですが、全てを言葉で喋れないからこそ伝わる、合間の感情みたいなのがとっても伝わってくるんです。タイトルでもドラマオリジナルの「ヘブンさん言葉」を使って、ふたりの物語の内容をかわいらしく伝えていければいいなと思っています。
――第1話の冒頭で、トキは「耳なし芳一」を話していました。数ある怪談の中で、この怪談を選んだ理由はなんですか?
橋爪 ドラマの中で、どこでどの怪談を使うかは考えていて、ドラマと怪談の内容がリンクするようにしています。「耳なし芳一」は、ドラマで小泉八雲をやるときに最初に聞きたい話ってなんだろうと考え、みんなが知っている話にしたいと決めました。

――主人公・松野トキの幼少期を演じた子役の福地美晴さんの演技がとても上手で、かわいらしくて、すごく印象的でした。福地さんを起用された理由や、実際に演技をご覧になっての感想を教えてください。
橋爪 トキの子役はオーディションを開催し、674人の中から決めました。福地さんのお芝居が本当に素晴らしく、あの年齢でここまで台本を読みこめるんだと感心しましたし、それを表現する力もありました。
あの年齢にして完成されたお芝居をしているのですが、ドラマの中でしじみ汁を飲んで「あーっ」というところに、かわいらしさも残っています。髙石さんも福地さんのお芝居を見ていて、2人でどんな風にするか、現場で話されていました。ムードメーカーにもなってくれて、よかったなと思います。
村橋 髙石さんが、セリフがないところでも自由にいろんな表情を見せる方なので、そんな彼女につながるような子役はいないか、オーディションでは注目していました。大人たちの芝居を見て、それに反応していたのが福地さんで、それが起用の決め手になりました。自分で考えてお芝居をしているところは髙石さんにもつながると思います。
なので、現場ではああだこうだと言わず、自由に好き勝手やってもらいました。縁日のシーンでも、もうなんでもいいから走れ、走れ! みたいな感じ。とにかく自由にやらせることを考えていましたし、それに応えてくれる子役でした。

雨清水家のシーンだけ「大河ドラマみたいだね」
――トキの親戚である、雨清水家の傅役・堤真一さんと、タエ役・北川景子さんがとても素敵でした。おふたりの起用理由と撮影中のエピソードがあればお聞かせください。
橋爪 雨清水家は、江戸幕府の中でトップだった家の象徴です。それ相応に説得力がある人たちでないと象徴として描けないので、キャスティングでは、ちょっと浮世離れした雰囲気を出せる人を意識しました。
そんなことができるのは北川景子さんしか思いつかなかったですし、それを温かく、すべてを包み込んでくれるような方は堤さんしかいない、ということでお声がけしたらご快諾いただきました。メインキャストに関して言うと、私たちがこの人にお願いしたいという第一希望の方に受けてもらえて、すごく運が良かったと思っています。

村橋 時代の中で揺らいでいった人たちを描きたいと申し上げましたが、堤さんや北川さんは“揺らがない人”に見えます。表向き揺らがないものを持っているように見えるけど、人には気づかれないところで揺らいでいる。そんなことも表現することに長けたおふたりですので、出演していただけたことはありがたいと思っています。
北川さんに関しては、大河ドラマ「どうする家康」(2023年)でご一緒しまして、市と茶々の二役を受けていただきました。揺るがない血の強さみたいなものと、揺らいでいる部分を好演していただいたので、またご一緒したいと思ってお声がけしました。
堤さんも北川さんも、「私たちの場面だけ大河ドラマみたいだね」とおっしゃっていて、朝ドラらしくないシーンをずっと撮り続けていました。
ふじきさんの脚本って、真剣にやらないと面白くないというか、コメディーだと思って笑わせようとすると、面白さが消えてしまうという不思議な台本なんです。北川さんは、岡部さん(トキの父・松野司之介役)や、周りのみなさんのお芝居を見て、「意外と真面目にやるんですね」とすぐにつかんでいらっしゃいました。僕は「真面目だから面白いんですよ、真面目だからおかしいんです」とお伝えしました。

――1週目の最後に八重垣神社での恋占いの場面がありましたが、松江ロケでのお話をお聞かせください。
橋爪 八重垣神社は、松江の南の方にあってちょっと遠いのですが、セツさんが若い頃、仲のいい3人と恋占いをしたと書かれているのがここで、このエピソードはぜひ使いたいと思いました。
池の雰囲気はロケじゃないと出せないと思ったので、機材やスタッフにお祓いを受けた上で、実際に神社で撮影させていただきました。池に浮かべた紙は、本物だといつ沈むかわからないので、美術スタッフがコントロールできるものを作ってくれました。このタイミングで浮かべたらきれいに沈むとか、絶対に沈まない紙があったんです。撮影現場では、トキ、チヨ(倉沢杏菜)、せん(安達木乃)の3人が、本当に恋占いを楽しんでいるかのような和やかな空気を出していて、いいロケでした。
いつもクランクインをするときに撮影の安全祈願をするのですが、小泉八雲の話を撮るのだからぜひ“神々の国”から来ていただきたいと、八重垣神社さんにわざわざ大阪のスタジオまでお越しいただきました。
【物語のあらすじ】
この世はうらめしい。けど、すばらしい。
明治時代の松江。松野トキは、怪談話が好きな、ちょっと変わった女の子です。
松野家は上級士族の家系ですが、武士の時代が終わり、父が事業に乗り出すものの失敗。とても貧しい暮らしをすることになってしまいます。
世の中が目まぐるしく変わっていく中で、トキは時代に取り残されてしまった人々に囲まれて育ち、この生きにくい世の中をうらめしく思って過ごします。
極貧の生活が続き、どうしようもなくなったトキのもとに、ある仕事の話が舞い込んできます。
松江に新しくやってきた外国人英語教師の家の住み込み女中の仕事です。外国人が珍しい時代、世間からの偏見を受けることも覚悟の上で、トキは女中になることを決意します。その外国人教師はギリシャ出身のアイルランド人。
小さい頃に両親から見放されて育ち、親戚をたらい回しにされたあげく、アメリカに追いやられ、居場所を探し続けて日本に流れ着いたのでした。
トキは、初めは言葉が通じない苦労や文化の違いにも悩まされます。ところが、お互いの境遇が似ている事に気が付き、だんだんと心が通じるようになっていきます。しかも、二人とも怪談話が好きだったのです!
へんてこな人々に囲まれ、へんてこな二人が夜な夜な怪談話を語り合う、へんてこな暮らしが始まります――。
2025年度後期 連続テレビ小説「ばけばけ」
毎週月曜~土曜 総合 午前8:00~8:15ほか ※土曜は一週間の振り返り
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
出演:髙石あかり、トミー・バストウ/吉沢亮 ほか
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史、小林直毅、小島東洋
公式Xアカウント:@asadora_bk_nhk
公式Instagramアカウント:@asadora_bk_nhk
兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体にanan、BRUTUS、エクラ、婦人公論、週刊朝日(休刊)、アサヒカメラ(休刊、「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、mi-mollet、朝日新聞デジタル「好書好日」「じんぶん堂」など。