松江随一の名家・みず家の三男として生まれた雨清水三之丞(板垣李光人)。父・でん(堤真一)の他界によって織物工場が倒産し、母・タエ(北川景子)とともに松江を離れた。しかし、親戚のところを転々とした末に、タエとともに再び松江に戻ってくることに。2人の窮状をみかねたトキ(髙石あかり)が覚悟を決めてヘブン(トミー・バストウ)の女中になり、その給金の半分を三之丞に渡す。「社長」になることができず、途方に暮れる三之丞を演じる板垣李光人に、その心境や三之丞という役柄について話を聞いた。


──第6週の再登場は衝撃的でした。母・タエとともに戻ってきていた三之丞。しかもタエは物乞いをし、三之丞もちゃなやり方で働き先を得ようとしていました。一体、どんな心境なのでしょうか?

以前、松江の屋敷で暮らしていた時とは、状況がかなり変わって、まずは「生きている」。次に「明日も生きていこう」というのが第一ではないでしょうか。ただ、三之丞も雨清水家の人間ですから、母と同じように、家の“格”についてのこだわりやきょうは染み付いている。母親から言われたにしても、本人の中に、それがなければ、やっぱりああはならないでしょうし。

一方で、間違いなく母親との距離は近くなり、絆も深くなっているんです。本当につらい状況ではありますが、三之丞としてはそこに幸福も感じていると思っています。かつての雨清水家が続いていたら絶対に得られなかったもの──母親からの信頼や愛情を独り占めしているわけですから。

──それにしても、当初の明るくて親しみやすいお坊ちゃん、という雰囲気とはずいぶん違って見えました。そのあたりは、どんなことを意識して演じていますか?

うーん、それはあまり意識していません。もちろん、僕自身はその後の展開を知っていたので、視聴者の方々が後から振り返ったとき、「お気楽そうに見えたけど、実は心の中に鬱積したものがあった」というふうに感じてもらえたら、とは思いますけど。とはいえ、当時はそこまでは考えず、トキたちと恋バナで盛り上がったりして、ただただ楽しくやらせてもらっていました(笑)。

三之丞にとっていちばん辛かったのは、今よりも、兄の代わりに工場の社長になれと言われた時期(第3週)だったのではないかと思うんです。精神的に負うものがすごく大きかった。そういう意味でいうと、今は落ちぶれては見えるかもしれませんが、あのときとは違う。環境と状況は辛くても、本人は“闇落ち”という心境ではないと思っています。

その1つの例が、タエに「人に使われるのではなく人を使う仕事に就きなさい」と言われたことに対する態度です。これに反発するのではなく、素直に母親に従って期待に応えようとしている……。あの家庭環境で育ったから、単純に世間知らずというのはあると思うんですけど、この生きるか死ぬかという状況でも、母の願いを一心にかなえようとする“前向きさ”を感じませんか? 僕は、そんなところが三之丞の魅力だと思っています。

─―工場を任されていた時の心境を改めて振り返ってみると、どんな感じだったのでしょうか?

ものすごく重くて辛い環境だったと思います。ただ、何を思っていたかというと、正直、“無”に近かったんじゃないでしょうか。何も教わってきていないのに、突然「社長になれ」「帳簿つけろ」と言われても、本当に何もできないわけですし。工場の状況は、日々刻々と悪くなっていく。でも自分自身いっぱいいっぱいで、ただただ見ていることしかできなかった、という感じですかね。自分の無力をみしめていたと思います。

──親戚だと思っていたトキが、実の姉だと知る、という衝撃シーンもありましたが……。

そこは、「両親が話しているのを聞いて初めて知った」わけではなかったと思っているんです。はっきり気づいていたわけではなくても、子供心にも何か感じるものが、少なからずあっただろうと。だから、話を聞いたときにも、「そうだったのか!」ではなくて、「ああ、やっぱりそうか」と確信する感じだったのだと受け止めています。

──最期を迎える前の父・傳に自分の思いの丈をぶつけるシーンも印象的でした。トキへの嫉妬心もあったのでしょうか?

いや、嫉妬でもないと思います。確かに、トキの話を受けて「手放した分いとおしくなるなら、だったら私もよそで育ちたかったです」と三之丞は言いましたが、要は「自分も親であるあなたに、子どもとして愛されたかったです」と言っているわけですよね。だから、トキへの嫉妬というより、三之丞の本音、そして雨清水家の愛情のすれ違いの結果なのだと思います。

実は、あのセリフの言い方やリアクションについて、堤さんも一緒に考えてくださって、何パターンかを実際に試してみてくださったんです。堤さんは、三之丞に対する親としての思いが伝わってくるような表現、死期を悟っているからこその最後の愛情を見せてくださった。うれしかったですね。

──朝ドラには今回が初出演ですね。大河ドラマは、「花燃ゆ」(2015年)、「青天を衝け」(2021年)、「どうする家康」(2023年)と、すでに3作も出演されていますが。

そうなんですよね。今回、朝ドラに出演が決まった時、両親がすごく喜んでくれたことは印象的でした。毎回、出演作品は伝えていますが、体感として、いつもより喜びが大きかったような(笑)。

僕自身、朝ドラは大河と並ぶ、NHKの大きな看板ですから、そこに俳優としてかかわることができるのはとても光栄です。それに、大河の撮影の時にお世話になったスタッフさんもいらっしゃるので、そこに再び呼んでいただけたことのうれしさと、知っている方が多いという安心感がありますね。緊張もプレッシャーもありますが、「初めまして」の方が多い現場よりは、リラックスして臨めていると思います。

──三之丞を含む雨清水家について、どんな家族だと思っていますか? 

松野家とはまた違う、親子の縁、家族の絆を描き出していますよね。もし違う時代であれば、きっと違う家族の形があったんだろうなとも思います。雨清水家も、時代に翻弄された武家の、ひとつの象徴的な家族なんです。確かにヒロインのトキや松野家も大変そうですけど、僕たちもこれから一体どうなっていくのか? ぜひ注目していただきたいです。

──父・傳を演じる堤真一さん、母・タエを演じる北川景子さんとの撮影時のエピソードを教えてください。

父親役の堤さんとは、同じ作品に出演したことはあるのですが、しっかり芝居をするのは今回が初めてでした。でも、傳と三之丞の微妙な親子関係をふまえて、できるだけ休憩中も、お話しせずに過ごしました。そこは三之丞として、父親に話しかけにくいという雰囲気、距離感を保っておきたいと思ったので。

そうだとわかっていても、傳さんが三之丞をスルーしてトキに話しかけたりすると、「ああ」って複雑な感情になったりして(苦笑)。でも、それでいて、堤さんが演じられると、単なる嫌な父親には見えないのが不思議でした。きっと何か事情があるのだろうと思えるというか……。そこは堤さんのすごさだと思いましたね。

タエさんについて北川さんとお話したのは、いくらこの時代の三男とはいえ、親は親、子どもは子どもでしょうって。だから、やっぱりタエは三之丞を息子としてかわいいと思っているんじゃないかと。でも、それをなかなか実感できなかったから、三之丞は辛かったわけですが……。これから親子2人で生きていかなくてはいけませんから、少しずつ、この関係も変わってくるのかもしれません。