島根をこよなく愛し、島根を教育県にすべく、外国人教師としてレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)を招致した島根県知事・江藤安宗(佐野史郎)。結果的に、松野トキ(髙石あかり)とヘブンが出会うきっかけを作った人物になる。職務に熱心な一方で、娘・リヨ(北香那)には甘い父の顔も。ヘブンの通訳兼世話役を担う錦織友一(吉沢亮)に何かと無茶ぶりをしていた江藤知事だが、17週では、錦織が帝大卒業の資格も教員免許もないことを承知の上で「危ない橋」を渡って錦織を松江に迎え入れていたことが明らかになった。そんな江藤知事を演じる佐野史郎さんは意外にも朝ドラ初出演。島根愛が強く、郷土史や小泉八雲についても造詣が深い佐野さんに、松江出身者から見た本作や役柄についてなど話を聞いた。
「ああ、そうだったのか!」と驚くことがたくさんあった

──島根県出身者として、知事役には相当プレッシャーを感じていらっしゃったそうですが、県民の皆さんの反響はいかがでしょうか?
ありがたいことに、おおむね好評をいただいています。でも、正直に言えば、「あれはおかしい」といったご指摘もありますね。僕も松江の人間ですから、その気持ちはよく分かります。例えば、橋を挟んだ南北の格差意識とか、橋南の人にはほとんど実感がありません。少なくとも僕が知る昭和30年代以降ではね。
でも、当たり前だと思っていたからこそ知らないこともありますよね。今回、「ばけばけ」の制作にあたっては、演出部や美術部の皆さんが、明治時代の松江がどんなものであったのか、かなり広く深く研究してくださっています。実際に僕でも「ああ、そうだったのか!」と驚くことがたくさんありました。だから、現代の松江に暮らす皆さんが、今は当たり前だと思っていることが、明治の松江では違っていたかもしれない──。そんなふうに、おおらかに受け止めていただけたらうれしいですね。
──「これはパラレルワールドというドラマの現実」と、以前もおっしゃっていました。
そう、そこがいちばん分かっていただきたいところです。現実の松江と比べてどうとか、実在したヘルン(ハーン)さん・セツさんと比べてどう、ということではなく、ヘブンさん(トミー・バストウ)とトキさん(髙石あかり)の物語として楽しんでいただきたい。もちろん、すでに多くの方がそうしてくださっていると感じています。
ドラマは現実ではないけれど、フィクションだから“嘘”なのではなく、この世ではないもう一つの世界を感じ、思いを馳せることによって“真実”を見い出すことができる。神話であれ、宗教であれ、怪談であれ、フィクションだからこそ、本当のことが伝えられる。このドラマに限らず、僕らが携わっている芸能という仕事は、神楽の時代からそういうものだと思っています。
──そんな中で、江藤知事の役は、実在した人物をベースにしつつも、かなりオリジナルの要素が強いようですね。役作りのポイントはどんなところにありましたか?
当時の島根県知事は、籠手田安定という長崎出身の元武士です。でも、ドラマの江藤は僕と同じ松江出身という設定。そして、こよなく島根を愛している。だから、そこは現実の僕の気持ちを重ね合わせています。一方で、江藤も“世が世なら”藩主であり、あまり表に出すことはなくても、根底にその意識は持っている。だから、陽気に振る舞っている中にも、時々は、いかにも武士らしい言葉遣いや表情がのぞくように意識していますね。
江藤が話すコテコテの「出雲ことば」については、僕は松江の方言を喋って育ちましたから、もちろんセルフ方言指導です(笑)。シナリオを読んで武家と町⺠の格差を表すために記された⾔葉遣いに違和感があったり、松江では「〜じゃ」とは言わないよな、と思ったりするところはありますけど、それもドラマの中での役やキャラクターの分かりやすさという演出意図があると思っています。その中で江藤は、僕が実際に松江の人間であることとも重ねて、格差や洋の東西、過去と現在を超えた “⽔先案内⼈”という役割であることを意識しています。
出雲神話でいったら、その正体が謎に包まれた少彦名命かな。何かと何かを出会わせ、つなげるような。例えば、ヘブンさんを松江に呼んだことで西洋と東洋を出会わせた。そうしてヘブンさんとトキさんは結ばれた。その役割を実際に松江の⼈間である僕が演じていることで、フィクションと現実を重ねあわせることができるかもしれない。ドラマを通じて、明治時代の松江と現代の松江、今の日本の現状とをも重ねてその先を考える、という意味でもね。
娘のリヨの行動は…「あの展開に驚きました」

──娘のリヨとヘブンとの関係を、父としてハラハラしながら見守る姿は、ほほえましかったです。あのあたりのシーンを演じたご感想は?
リヨ役の北香那さんとは、つい最近も別の作品で共演していたのでご縁があるというか、気心も知れて信頼感がありました。ただ台本を読んだ時、あの展開(ヘブンさんにぐいぐいアプローチしていく)には驚きました(笑)。
──それにしても、島根の西洋化・近代化を強く唱える江藤知事も、娘のこととなると、異人との結婚は反対、と意外と保守的でしたね。
それはどうしても自分の娘のこととなると、ではないですか。僕自身も娘を持つ父親として人ごとじゃない気がしてしまいました。少なくとも当時であれば、いろいろ考えてしまうだろうなと。
ただ、実際のハーンもそうですが、当時の西洋人でありながらキリスト教には批判的で、むしろ日本の神々の世界、アニミズムに強く惹かれているという点では、彼を単なる「異人」とは見ていません。何しろ、ハーンは、松江のことを「神々の国の首都」と書いている。松江人としてのプライドを持った人間であれば、そんな彼のことを好きにならざるを得ないんですよ。
つまり、ハーンはちょっと特殊なんです。当時、日本やアジアを訪れていても、「土着の民」の研究としてしか価値を見い出さず、どこかでさげすむ意識があったであろう西洋人が多い中、彼はそうではなかったわけで……。ああ、もうこれは江藤としてではなく、僕個人の考えですが。語り出すと長くなるので、このへんにしておきましょう(笑)。

トミーは世界に通⽤する作品づくりという演出や制作の意図を汲んでいる
──そんなヘブン役のトミー・バストウさんについてお聞かせください。小泉八雲フリークである佐野さんから見て、トミーさんが演じるヘブンはいかがですか?
彼は、このドラマが「NHK WORLD」で世界中に放送されることを踏まえて、ヘブンが使う英語を選んでいるようにも思えました。役柄的には、アイルランド訛りの英語を使ったほうがいいのかもしれないけど、あえてブリティッシュ寄りにしているとおっしゃっていて。トミーさんはイギリス人ですし、そのほうが、広く通じるからかも知れませんね。つまり、世界に通⽤する作品づくりという演出や制作の意図を汲んでいらっしゃるんですよね。
明治の日本文化を、ドラマを通じて世界中に紹介するという意味で、トミーさんが担っている役回りは大きいのですが、そういう意識を持っている彼がヘブン役をやっていることは、とても頼もしいと思います。シェイクスピア俳優でありながら、ロックバンドのボーカリストでもある。そんなふうに、異なる表現の両方を重んじながら行き来する、天性の感覚が、彼にはあるのでしょうね。
──現場では、やはりそういう話題を主に話されているのでしょうか?
いや、マニアックな……イギリスのロックバンドの話ばかりしていますね(笑)。というのも、彼はものすごく詳しいんですよ。僕らの世代の音楽から、最新のものまでね。「え、このバンド知ってるの?」「あ、それは前に観に行ったよ」「今度一緒にライブ行こうよ」とか、そんな話ばかりです。もっと芝居の話をしないといけないんだけどねえ、つい。

──最後に、今後の展開についてお聞かせください。今のところ江藤知事は、ときどき錦織には無茶ぶりはするものの、基本的にはとても「いい人」に見えます。本当に、このまま「いい人」なのでしょうか? 信じて、いいのでしょうか……?
え、それは僕が演じているからという意味ですか(笑)? いや、江藤としては、とにかく松江のことを思って──また僕自身もドラマを通じて島根、出雲地方の良さを一人でも多くの皆さんに知っていただこうと、虚実を超えた思いでやっています。今は錦織くんと一緒に島根の、松江の教育レベルを上げて、いい街づくりをしていこうと、その思いだけですよね。ですから、安心して見ていただけたら。……しかし、まあ、先のことは分かりませんけどね。