連続テレビ小説「ばけばけ」もいよいよ終盤に突入。クライマックスを前に、脚本・ふじきみつ彦を取材した。
現代とたまたま似通っていただけ
――ふじきさんは放送前の会見では、「何も起こらない話」とおっしゃっていました。実際にはいろんなことが起こっていましたし、現代に生きる我々が少しずつ貧乏になっていくところと見事に反映されているように感じられます。そのための準備は用意周到に進めてこられたのでしょうか?
僕が書いているのは、小泉セツさんと小泉八雲さんをモデルにしたお話です。今の世の中がこうだから、と思いながら狙って書いたことはほとんどなく、たまたまそうなっていたというほうが正しいかなと思っています。
僕たちは学校の授業で、明治維新があって、文明開化で盛り上がっていたことを習ってきました。実際には、みんなが盛り上がっていたわけではなく、今回ドラマで描いたような取り残された人たちがたくさんいて、その点が現代と似通っていたのではないかと思いますが、観ている人にそう感じ取ってほしいと思って書いていたわけではないんです。

――いま放送されている「ばけばけ」のトキとヘブンをご覧になってどのように感じていますか?
オーディションで髙石あかりさんがトキに、トミー・バストウさんがヘブンになったときにはもう脚本を書き始めていました。書いているときはそうでもなかったのですが、放送が始まって、観れば観るほどこのふたりが本当に明治時代を生きていた、本物の小泉夫妻のように思えたんです。うらめしいことも多々ありますが、ふたりが生き生きとしている姿がリアルに感じられ、すごいものを観ているな! と感じました。
映像も本当に明治や松江なんじゃないかと信じられるものでしたし、ふたりの芝居や表情もそう。ドラマを観ていて、こんなに愛おしく感じられるものなんだな、と自分でもびっくりするときがありました。
僕もたまたま生まれが松江で、母が松江出身。小泉八雲の旧居があそこにある、みたいなことは子どもの頃から知ってはいたけど、そんなに身近ではなかったんです。育った町でもなかったですし。でも、松江にあの夫婦がいてくれてよかった、と思うときがあって、髙石さんやトミーさん、「ばけばけ」の人たちが本当に大好きだ、と思いました。
丑の刻参りの会話で、松野家らしさが決まった

――「ばけばけ」の中で印象に残るセリフがあれば教えてください。
「ばけばけ」の脚本は一度書いたものがしっくりこなくて書き直しをしたのですが、書き直したときにうまくいったと思えるのが、冒頭の丑の刻参りでのセリフでした。書き直す前もこの場面はあったのですが、もっと堅苦しくて、“武士武士”した感じだったんです。勘右衛門(小日向文世)もいなかったですし。勘右衛門は武士然としているから、丑の刻参りなんかに行かないだろう、と思っていたからです。
司之介(岡部たかし)が「この理不尽極まりない苦難の時代を乗り越えようと一家揃って世を恨み、丑の刻参りをする……。最高の夜じゃな……」と言うのに対して、フミ(池脇千鶴)が「……最高ではないと思いますが」と言い、勘右衛門が「どちらかと言ったら最低の夜じゃろ」と返す会話も、書き直す前にはありませんでした。改めて振り返ると、こうした会話が松野家らしいし、松野家らしさがなんとなく決まったから、どんどん転がるように書けるようになった。視聴者さん的には「あのセリフよかったよね」とあがらないかもしれないけど、書いている立場で言うと、きっかけになったことで印象に残っていますし、そこから楽しく書けるようになったんです。
――ふたりの日常を描く中で、象徴的に扱われているのがスキップと、トキがしじみ汁を飲んで「あーっ」というところだったと思うのですが、この2つの場面は、最終盤まで繰り返し出てきていました。これらはどういう思いで描いていたのでしょうか? また、そこに込めた思いをお聞かせください。
日常シーンを入念に考えて、よし書くぞ、みたいな感じで書いていないので、自然の流れで書きました。はじめは、武士の娘だからはしゃがないとか、父上を立てて、妻であるフミはあまり会話に入っていかない、というように、松野家が元武士の家であるということをどういう風に作っていくかということを、割と真面目なやり方で考えていました。ですが、これがうまくいかなかったんですね。
トキがしじみ汁を飲んで「あーっ」と言うのは武士の娘らしくないし「はしたない」というのは司之介の勝手な意見ですが、それを見せることで、司之介は武士だった、松野家はもともと武士の家だということを端的におかしく表現できないか、と思った末にあの場面が書けたんです。
トキは成長していくものの、「ばけばけ」は、トキが何かになる物語ではありません。しじみ汁のくだりを繰り返し使っているのは、トキにはずっと“トキ”でいてほしいという思いが僕の中にはあって、大人になろうが、ヘブンの妻になろうが、トキはトキで小さい頃から変わらず言っている、という風にしたかったということですね。
スキップについても、あれこれ考えて出てきたものではなく、ぱっと思いついて書いた、という感じでした。ヘブンが日本に来たことで、いろんなしきたりや文化が入ってくるわけですけど、それを靴のまま家に上がるといったベタな方法で描くことができたかもしれません。でも、当時の人が「異人さんだ!」と思えるもので、おかしみがあるものって何だろうと思っていたところ、ぱっとスキップが出てきたんです。
トキがヘブンと心が通じ合うようになって、松江大橋でスキップをするシーンがありました。僕はあのシーンがすごく大好きなのですが、あの場面でスキップをさせるために、逆算してスキップを描いたのではなく、自然とスキップが出てきたんです。
勘右衛門は、脚本の書き方を象徴する人物
――「ばけばけ」には、個性的なキャラクターがたくさん出てきますが、もしふじきさんが「ばけばけ」の世界で生きているとしたら、どのキャラクターになりたいですか?
難しいですけど、勘右衛門かな。数日前に家族と話していて、子どもが「ばけばけ」の中で誰が一番好き? って聞いてきたんですよ。娘は錦織(吉沢亮)さんが好きって言っていて、理由を聞いたら、「日本語と英語の両方がしゃべれるから」って言っていました。逆に、僕が聞かれた時にすっと出てきたのが勘右衛門さんでした。一度もヘブンと言わずにペリーといい続ける頑固さとか……。「ばけばけ」と僕の脚本の書き方を象徴している人物だなと思うからです。
「ばけばけ」の登場人物みんなが大真面目に生きているのが大前提で、だけどちょっと笑えてしまう。それは、特に勘右衛門に凝縮されていると感じています。おトキのことが好きで、家族を愛していて、常に自分のポリシーを曲げず、みんなからどう思われるかも気にせず真面目に生きているところが大好きです。

――勘右衛門は、意外にもスキップが上手でしたね?
あれも面白いですよね。勘右衛門ができたらおかしいな、と思って書いたというよりは、彼ができたら意外なんだけれども、意外じゃないという説得力がなぜかあったと僕の中にはありました。あれだけ“異人”を嫌っていた勘右衛門ですが、のちに「八雲」という名付け親になりますし、少しずつヘブンとの距離を近づけていく、歩み寄っていく感じを出したい、ということは意識していました。
――「ばけばけ」では、出雲ことばや、“ヘブンさん言葉”での会話劇という面白さがある一方で、現代的なセリフ回しもあります。このあたりの狙いと、会話劇の魅力についてどのようにお考えかをお聞かせください。
自分としては現代的に、ということは考えていなかったのですが、「時代劇を意識しよう、意識しよう」としすぎたあまりに、筆が全然進まなくなったところがありました。時代考証の方にも入っていただいているので、「この言葉遣いはないです」ということはどんどん言っていただきつつも、許せる範囲内で「ばけばけ」独自の書き方をできるようにさせていただいた、という感じです。
八雲とセツは“ヘルンさん言葉”という、出雲の言葉に時々英語が混じる、というあまり見たことがないものを使っていました。コミュニケーションも丁々発止というよりは、ゆっくりかみしめるような会話になるんじゃないかということが想像できました。本人たちが真面目に、自分の意思や気持ちをいろんな言葉で伝えようとする様はおかしみがあるし、愛おしさもある会話になるんじゃないかなと思ったんです。
僕は会話劇を書くのが好きだし、そういう会話になりそう、というところが、小泉セツさんを題材に選んだ一番の理由でもあります。
脚本を飛び越えて芽生えた、錦織とヘブンの“分厚い”友情

――23週はヘブンと錦織の関係性を色濃く描いた週でしたが、改めて錦織にとってのヘブン、ヘブンにとっての錦織についてどのような思いで書いていたのでしょうか?
言葉にするのが難しいのですが……。錦織とヘブンはお互い大切な人同士だし、僕もふたりのことはすごく大好きです。ふたりは5週からずっとコンビなんだけど、はじめは錦織さんがヘブンさんに振り回されてばかりでした。史実で言うと西田千太郎さんと八雲さんの関係性はあんな感じではありませんが、「ばけばけ」の中ではかわいい感じに仕上がっていて、途中からは錦織さんを振り回していないのに、錦織さんが勝手に振り回されている感じになっていきました。
脚本を書いているときには「分厚い友情はちゃんと生まれるのかな?」と思っていましたが、吉沢さん、トミーさんのふたりが錦織とヘブンを演じることで脚本を飛び越えて、“分厚い”友情が築けているな、とテレビを観ながら感じていました。
23週の最後、ヘブンの著書に「出雲時代の懐かしい思い出に 錦織友一へ」と書かれているシーンが出てきます。これは『東の国から』という八雲の本に、「出雲時代の懐かしい思い出に 西田千太郎へ」と書いてあって、ふたりの関係がよく表れていると思ったので、「ばけばけ」でも使わせていただきました。僕はまだ23週を観ていないんだけど(取材会の時点では)、たぶんめちゃくちゃ泣くんだろうな、と思っています。
自分で書いておいて何なのですが、もうこのふたりの姿を見ることができないのは残念だけれども、こんなふたりがいたんだよ、と残したいし、友情はずっと消えないと思うんです。錦織友一という名前は僕が考えたのですが、ヘブンさんにとっての一番の友達ということで、「友」という漢字が入っている、この名前を付けさせてもらいました。
2025年度後期 連続テレビ小説「ばけばけ」
毎週月曜~土曜 総合 午前8:00~8:15ほか ※土曜は一週間の振り返り
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
出演:髙石あかり、トミー・バストウ/吉沢亮 ほか
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史、小林直毅、小島東洋
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