連続テレビ小説114作目となる「風、薫る」は、激動の明治時代を舞台に、それぞれ生きづらさを抱えていた一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)が、当時まだ知られていなかった看護の世界に飛び込み、傷ついた人々を守るために奔走する物語。脚本を手がける吉澤智子は、執筆にあたって何を考え、物語にどんな思いを込めたのか。インタビュー後編では、りんと直美以外の登場キャラクターや、作品の世界観について話を聞いた。
りんと直美、清く正しいだけではない主人公たち

――ドラマが進み、りんと直美の人物像がより見えてきました。りんはたくさん失敗もしますが、物事の本質をきちんと理解しようとする、直美は世間の荒波の中でたくましく生きようとする、ともに賢い女性だと感じます。吉澤さんはどんな思いで2人を描いたのでしょう?
りんと直美、どちらも友達になれそうな、普通の感覚を持っている人にしたいと思いました。と同時に、2人が背負っているものの違いを明確にしたいという思いもありました。
りんには家族がいて、結婚して子どもも得られた。その家族は彼女の生きるエンジンになる反面、家族を背負うことで、人生の選択が変わっていきます。一方で直美は、家族がいなくて寂しい思いをしているけれども、自分の人生だけを考えて、幸せを勝ち取るために利己的に生きることができる。
二人とも生き残るための戦術として看護の道に進みます。共通しているのは、生きるために賢く、たくましい選択をした、ということではないでしょうか。
――吉澤さん自身は、りんと直美のどちらに近いのでしょう?
私の中には、どちらもいるんですが、基本的にはりんですね。りんは「間違えた」という言葉をよく口にするように、人生をとおして、間違えたことや、正しいことについて悩む女性であり、これから看護の現場で何度も直面することになります。私も間違えやすい人間なので、それをりんに投影しています。でも、直美のように、ちょっと底意地の悪いところもあるんですけど(笑)。
りんも直美も、いつでも清く正しい主人公ではないほうがいい、と思っています。
りんの母・美津は立ちはだかる壁でありつつ、理解者である

――りんと妹の安(早坂美海)、姉妹のバランスはどのように考えていらっしゃいますか?
安は現代っ子というか、多くを望まない現実主義者みたいな強さがありますね。結婚するとしても耐え忍んで生きていこう、ではなくて、戦略として結婚を考えているタイプ。自分が幸せになるには、どんなルートを選んだらいいのかを常に考えている、ちゃっかりした女の子です。
逆に、長女のりんは、まっすぐ猪みたいに突き進み、ドーンとぶつかって「間違えた」、ドーンとぶつかって「また間違えた」と、間違えてから気づくタイプ(笑)。長女と次女の違いでしょうか。そんなバランスで書いていきたいと思っています。
――りんの母・美津(水野美紀)は激動の時代に翻弄された人ですね。
美津については、りんの前に立ちはだかる壁でありつつ、理解者であってほしいという願いを込めながら書いています。実は、彼女があの時代にいちばん立場が変わった人なんですよね。小藩の旧藩主の一族に生まれて、家老の奥さんだったのに、夫は農民に転じて、さらに未亡人になって……。それでも、明るさと武家のプライド、矜持を持って明治を生きた女性として描ければと思っています。
今回の物語は、母と娘の親子の物語でもあると私は考えています。美津とりんと環、3世代の違いも書けたらいいなと思っています。
例えば、“夢”に対する捉え方ですが、“夢”という言葉自体がなかった時代に思春期を過ごした美津と、“夢”という言葉を初めて知ったりん、小さいときから“夢”があった環では、当然感覚が違いますよね。そんな3世代を描いていきます。
このドラマでは、言葉を大切にしたい

――先ほどの“夢”もそうですが、新しい言葉が出来たことで概念が根付いていくことは、このドラマの随所で語られていますね。
このドラマでは“言葉”を大切にしています。そこで、外国語や新しい言葉に造詣が深い島田健次郎(佐野晶哉)という男性を登場させました。
――特に“社会”という言葉が印象的に使われています。
“社会”という言葉や概念は、明治時代になって英語の“Society”が日本に入ってきたことから生まれたものです。ほかに、現在使われている意味での“自由”、“看護”、そして“夢”なども全部英語を翻訳したことで生まれました。それに初めて触れた人たちを描きたいという思いが最初からありました。
中でも“社会”は捉えどころのない言葉です。この言葉が生まれて、初めて女性たちが社会の中に参加する意識ができたのかな、と私は感じています。その部分は丁寧に描いていきたいと思います。

――オリジナルの物語の中に、清水卯三郎(坂東彌十郎)という実在の人物が登場しました。このドラマでの彼の役割は?
この時代には、勝海舟(片岡鶴太郎)のような誰もが知る歴史上の人物がたくさんいます。その中で私は清水卯三郎がとても面白いと思って「ぜひ、入れさせてほしい」と、松園(武大)チーフ・プロデューサーにお願いしました。りんと直美のモチーフとなった大関和さん、鈴木雅さんと実際に関係があったかどうかは判然としませんが、こんな人もいた、ということを知っていただきたいな、と。
スケールの大きな人で、1867年のパリ万国博覧会に、日本人商人として参加しています。貿易商として、歯科医療器具の輸入も行っていたので、医療とも関わりがあったと思います。ご本人の資料が少ない反面、執筆の自由度が増えました。ドラマの卯三郎は、清濁併せ呑む感じというか、腹に一物ある人物として楽しく書かせていただいています。同時に、彼にはこのドラマにおける“社会”の側面を担ってもらっています。明治がどういう時代だったのかを描くときに、医療の世界だけの話ではなく、少し世界観を広げる人、というイメージです。

――同じく実在の人物として、大山捨松(多部未華子)もいます。
捨松に関しては、大河ドラマ「八重の桜」で、捨松が結婚する回(第43回「鹿鳴館の華」)の脚本を書いたときから、とても好きなキャラクターでした。武士の娘だった彼女は、少女時代には会津若松城に籠城、その後海外留学もして、帰国後は“鹿鳴館の華”と呼ばれたことはよく知られています。ですが、看護の世界にこれほど尽力していたことは、今回史料を読む中で初めて知り、もっと世の中に知ってもらいたいと思いました。捨松自身も鹿鳴館で“社会”と接する、当時としては珍しい女性でしたので、りんと直美に絡めて描いていきます。
――最後に、主人公の2人、りんと直美がどんなバディとなっていくのか教えてください。
当然かもしれませんが、生きてきた環境も考え方も違っているので、最初のうちは、りんと直美は反発し合います。そんな2人が、相手に対して違和感を抱えながらも同じ仕事に就いて成長していきます。仕事上のコンビが、やがて“最強のバディ”になっていく。一緒に人生を伴走していくような友情が育まれる過程を、じっくりご覧いただけたらうれしいなと思っています。
女性同士の友情、それも職業を通じた友情なので、ベタッとした友情というよりも、たくましくて気持ちのいい友情。それが友情にとどまらず、やがて……と、今はまだ喋れないですけども(笑)、楽しみにしていただければと思います。