のぶ(今田美桜)の支えによって、ついに嵩(北村匠海)が絵本『あんぱんまん』を完成させた、連続テレビ小説「あんぱん」。クライマックスに向かって物語が加速していく中、「あんぱん」26週、全130回のシナリオを書き終えた脚本家・中園ミホは、今、何を思うのか。脱稿して1週間後の中園に話を聞いた。


やなせたかしさんに対して、今思うこと

――実在の人物を、半年間にわたるドラマで緻密に描いていく難しさもありましたか?

やなせたかしさんに関しては、私は小学3年生から中学生にかけて文通をしていましたし、何度かお会いしたこともあるので、自分が知っている大好きなおじさんの話を書けばいいという感じで、あまり苦労しませんでした。ただ、このドラマは奥さんのぶがヒロインで、のぶさんについては、最初は5つぐらいしかエピソードが残っていなかったんです。お父様を早く亡くされていること、“ハチキンおのぶ”“韋駄いだてんおのぶ”と呼ばれていたこと、高知新聞社でやなせさんと出会ったこと、中年以降は山登りがお好きだったこと、あとは記者時代に広告費を払わなかった人にハンドバッグを投げつけたこと……。そこから「どんな人物像にしよう?」と、私はフィクションで作る覚悟をしました。

ドラマでは、のぶと嵩を幼なじみの設定にしました。史実ではありませんが、やなせさんが小さい頃、気が弱くて、男の子と遊ばずに元気な女の子と遊んでいた話を聞いていましたので、それをのぶに投影させました。

でも、もし暢さんが「あんぱん」をご覧になったら、「全然、違うじゃない!」って、叱られるかもしれないですね(笑)。

――やなせたかしさんに対しては特別な想いがあると思いますが、「あんぱん」を書き終えた今、改めて思うこと、また印象が変わったことなどはありますか?

私の知っているやなせさんは声が大きいし、明るくひょうきんな部分もあったので、嵩のキャラクターについても、社交的で明るい感じをイメージしていました。

ただ、北村匠海さんが演じてくださっている嵩を見ると、「ひょっとしたら、やなせさんは、ああいう人だったんじゃないのかな?」と思えてきたんです。やなせさんは子どもの私の前ではすごく楽しそうな顔をなさっていて「人生は喜ばせごっこだよ」とおっしゃっていたけれど、ものを書かれる方だから、すごくナイーブでナーバスな面もあっただろうし。その繊細な感じを北村さんが体現してくださっていて、素晴すばらしかったですね。

――先ほど暢さんが「あんぱん」を見たら、というお話がありましたが、やなせさんがご覧になったら、どう言われると思いますか?

それを考えるのはとても怖くて……。でも、私以上にやなせさんをよく知っていらっしゃる戸田恵子さんとノンフィクション作家の梯久美子さんが「すごく喜んでいらっしゃると思いますよ」と、それぞれ語ってくださったので、救われました。それを信じようと思っています。

――書き終えたご自身の気持ちを、やなせさんに伝えられるとしたら?

本当に「書かせていただいてありがとうございます」という気持ちがいちばん強いですね。戦地でのことなどは、やなせさんの史実がなかったら、こんなに書けなかったですから。何週にもわたって戦争を描いたのも「本当にあったことだから、ちゃんと書こう」と覚悟が決まったのです。やなせさんが書かせてくださったものと思っています。


ゆで卵を殻ごと食べる俳優たちのお芝居に衝撃を受けて

――戦地で空腹を抱えた嵩たちが民家に押し入り、老婆に銃を突き付けて卵を奪い、泣きながらゆで卵を殻ごと食べるシーンがありました。あの描写はどのような思いで書かれて、また実際の映像をご覧になってどんな印象を受けましたか?

空腹の人を救うアンパンマンの正義を描くためには、空腹がどんなにつらいか、空腹が人を変えてしまうことを、きちんと描かなければいけないと思っていました。それを俳優の方たちが、自分の身体で演じてくださって……。あのシーンは私もびっくりしました。「殻ごと、いくんだ!?」と衝撃を受けました。本当に頭下がりました。戦地でのシーンは、キャストの皆さんが絶食して撮影に臨んでおられ、そこまでやってくれたからこそ視聴者のみなさんに伝わったのだと思っています。撮影期間中、どんどん痩せていくんですよね。現場のスタッフたちも魂を込めて作ってくださって……。本当に頭下がる思いです。

あとは、「正義は逆転する。簡単に信じては、いけないんだ」という、やなせさんのメッセージを伝えたいと思って書き始めたドラマですが、最終回を書き終え、俳優さんたちが実際に演じてくださった映像を見て、より一層その気持ちが強くなりました。かっこいいものや強いものに自分がなびきそうになったら警戒しようとか、戦争を他人ひとごととして考えちゃいけない、自分のこととして捉えなきゃいけないとか、そういった思いがすごく強くなりました。

――やなせたかしさんを描くことは戦争を描くことと常々おっしゃっていましたが、そのあたりは、どのような意図で書かれたのでしょうか?

私たちの年代が、おそらく肉親から戦争の話を聞ける最後の世代だと思うんです。同級生たちに話を聞くと、「今まで親から戦争のことを聞いたことがなかったけれど、『あんぱん』をきっかけに話をするようになった」と。それは、いかに親たちが口を閉ざしてきたかということで、それだけ心にとげみたいなものが深く刺さっていることに他ならないと思うんです。戦争のことを、自分の中に閉じ込めていた、と。

やなせさん自身も、晩年になるまで戦争についてはあまり語られませんでした。だけど、メッセージ自体はずっと作品に込められていて、そういう視点で読むと『チリンのすず』にしても「アンパンマン」にしても、反戦への強い思いが込められています。だから、戦争のことを知らない方たちには、ぜひ今のうちに話を聞いてほしいんです。この「あんぱん」が、そのきっかけになってくれたら、本当にありがたいなと思います。


思い入れのあるシーンについて

――放送を振り返って、印象的だったエピソードやお気に入りのエピソードを教えてください。

第85回の、のぶが「嵩の二倍、嵩を好き!」と言いながら嵩に抱きつくシーンです。脚本を書いているときはそうでもなかったのですが、映像で見たときに、自分でもわけがわからないくらい号泣してしまったんです。イメージしていたものよりもすごい爆発力を感じて、感激しました。今田さん、北村さんの演技も素晴らしかったですし、それまでのぶに辛い役回りを課していたので、やっと子どものころの、自由で天真爛漫てんしんらんまんののぶに戻れたんだ、と。「本当によかったね、おめでとう!」という気持ちになって、あの場面はすごく印象に残っています。

――俳優さんたちのお芝居があって、改めて気づかされたわけですね。

羽多子(江口のりこ)がすごく好きですね。のぶに渡すために赤いハンドバッグを持ってきた嵩に「あてにくれたのかと思うて心臓ドキドキしたわ」と言うシーンとか(笑)。本当はもうちょっとしっかりしたお母さんの想定だったのですが、私は面白いことが好きなのでつい書きたくなったので書いてみたら、江口さんが意図をんで演じてくださって、さらに面白くしてくれました。大好きですね。羽多子は。

それから、「豪ちゃんに一生分の恋をした」と言う蘭子を抱きしめて「わかるわ」と言った登美子(松嶋菜々子)に、嵩が「母さんは、父さんが死んでから2回も結婚してるじゃないか」と言ったとき、「じゃあ、合計3回も?」と何度も繰り返すくらばあ(浅田美代子)を「お義母かあさんッ」とたしなめるシーンとか。2人は端っこにしか映っていないのに、本当に羽多子が言いそうなこと、くらばあが言いそうなこと付け加えてくれて。私はそのやりとりが大好きで、そこばかり5回も繰り返して見ました(笑)。キャラクターが“育っていく”ことがうれしいですね。


最終回までの流れを、いかに作り上げたのか

――最終回に至るまでの展開は、どのようにしていこうと思いましたか?

脚本家というのは、書き始めた瞬間から結末をぼんやりと考えているものなんです。1話ずつ書き進めながら、こういう感じかな、やっぱりこうかな…と試行錯誤し、今回も書いているうちに100通りぐらいの終わり方を考えていたと思います。最終的にはチームの意見も参考にしながら、今回の結末を選びました。視聴者の皆さんも含めて、みんなに喜んでもらえることが大切だと思っています。

毎朝見てくださり、最後まで愛してくださるのだとしたら、もう本当にありがたいことで、感謝の気持ちでいっぱいです。

【プロフィール】
なかぞの・みほ

東京生まれ。日本大学芸術学部卒業後、88年に脚本家としてデビュー。2007年に「ハケンの品格」が放送文化基金賞と橋田賞、13年に「はつ恋」「Doctor-X 外科医・大門未知子」で向田邦子賞と橋田賞を受賞。25年には文化庁長官特別表彰。その他の執筆作に「やまとなでしこ」、連続テレビ小説「花子とアン」、大河ドラマ「西郷どん」、「ザ・トラベルナース」など多数。