連続テレビ小説「あんぱん」の放送も、残り5回。自分の思いの結晶である「アンパンマン」を生んだ嵩(北村匠海)を支え、ずっと応援し続けてきた妻・のぶの祈りが通じたかのように、アンパンマンは少しずつ人々の心に届き始めた。のぶ役の今田美桜は、どんな思いを持ちながら、「あんぱん」の世界を生きてきたのか。クランクアップ1週間後の彼女に話を聞いた。


演じていると、のぶと同じ気持ちになって

――のぶは、戦時中は軍国少女の設定で、戦後は戦争責任も感じる設定。今田さんはどういう風に演技に落とし込んだのでしょうか?

当時は世の中の空気感として、戦争反対を大きく掲げることが難しかった時代だと思います。そんな中、のぶは教師として、軍国主義を信じ、使命として子どもたちに伝えなくてはいけない。後にのぶもその考えは間違いだったと気づくのですが、撮影の時は私自身も複雑な思いを抱えながら演じました。

――演じていて、のぶと一体化している、自分の一部のように感じられる時間もありましたか?

たくさんありました。そのときの感情がのぶとしてのものなのか、自分のものなのか、わからなくなる瞬間がありましたし、撮影で「カット」の声がかかった後も涙が止まらない、ということもありました。本当に「のぶとして、今、生きられているんだな」ということを感じて、キャストやスタッフの皆さんがそういう空気、環境にしてくださったこともあるので、心から感謝しながら演じました。

――涙が止まらなかったシーンというのは?

たくさんありすぎて……。例えば、のぶが次郎(中島歩)さんと結婚する前の日の夜に、蘭子(河合優実)、メイコ(原菜乃華)と3人でラジオ体操をするシーンは、本当に寂しくなってしまって。自分でも不思議な気持ちになったのですが、おそらく「本当の姉妹として過ごせていたんだな」と思いました。あとは、嵩とシーソーがある場所でけんかをするシーンとか……。本当に、のぶとして生きていたので、相手の顔を見るだけで泣けてくる、みたいなことは多々ありましたね。

――朝田家の三姉妹の関係はすごく魅力的だったのですが、三姉妹の長女を演じての印象的なシーンや、どんな心持ちだったのか教えてください。

三姉妹で過ごす時間は本当に楽しかったですし、長女として癒やされている部分がたくさんあって、とにかくふたりとも可愛かわいくて。印象的なシーンは、本当にいっぱいあるんですけれど、おふたりのクランクインでもあった、嵩や千尋(中沢元紀)くんと過ごした海辺のシーンは、すごく記憶に残っていますね。

もうひとつは、蘭子の部屋で、健太郎(高橋文哉)さんとの夫婦関係に悩んでいるメイコと話すシーン。ドラマでは編集でカットされていたのですが、あそこで蘭子の口紅を借りてメイコに塗ってあげるエピソードも撮影したんです。ちょっと昔に戻ったような関係性で、でも大人ならではの空気感に変わっているなと思って、印象的でした。

――蘭子役の河合優実さん、メイコ役の原菜乃華さんと共演して、俳優として刺激を受けた部分もあったら教えてください。

もちろん、かなり刺激を受けました。原菜乃華ちゃんは本当にメイコ、撮影のカメラが回ってないところでもメイコそのものでした。あれは原さんが本当にそういう女の子なのか、メイコを演じているから常々そうしていたのか……。河合さんは年は下ですけれど、全然年下には思えないくらいしっかりしていますし、おふたりともタイプが全然違いますが、お芝居以外でも刺激を受ける瞬間がたくさんありました。


のぶらしさとは? ハチキンから大人になって

――のぶは若いころは“ハチキンおのぶ”として走るシーンも多かったのですが、中年以降は静かに座っていることが多くなりました。演じるうえで意識した部分はありましたか?

これは正直、とても悩んだところで、幼少期から“ハチキンおのぶ”“韋駄いだてんおのぶ”として、あれだけ走り回ってハツラツとしていた部分が、大人になると徐々に落ち着いてきます。

子どものころののぶ(永瀬ゆずな)は、自分の正義感で岩男(笹本旭、のちに濱尾ノリタカ)にも立ち向かっていて、のぶらしさのひとつだったと思うんですけれど、様々さまざまなことを経験して大人になり、物ごとを一歩立ち止まって考えられるようになった。それがわかりやすく表現されていったのかなと思いました。迷いながらではありましたが、すごく悩んだり、心が晴れたり、そういう気持ちの変化で変わる子ではあるのかな、と。

――最終的には、ハチキンだった彼女と大人になった彼女が融合して、どちらの面も見せていただけるのですね。

そうなれたらいいなと思って演じていました。昔ののぶらしさが見えてくる瞬間もあるので。

――のぶは八木(妻夫木聡)に頼み、子どもたちに「アンパンマン」の読み聞かせを続けてきましたが、最初は嵩(北村匠海)にも内緒で行動したのぶの気持ちについて、今田さんはどう感じていましたか?

のぶは、アンパンマンの、あの“オンチャン”のアンパンマンが誕生したときからのいちばんのファンなので、誰が何と言おうと嵩さんの描いたものは素晴すばらしくて「とにかくみんなに知ってほしい」という一心でした。読み聞かせを始めた当時は、なかなか受け入れてもらえなくて……。あのときはアンパンマンに全く興味がない子どもたちを演じていた子役さんたちの演技が上手だったので、リアルにグサッときた瞬間もあったり(笑)。

それでも読み聞かせているうちに、この「あんぱん」の撮影をとおして感じていた「アンパンマンって、大人向けの作品でもあるんだ」ということを、改めて思い出しました。その純粋な優しさを、まず子どもたちが感じ取って、それがどんどん世の中に浸透していった。その実感と言いますか、アンパンマンのすごさを私も学んでいるように感じましたね。

――演技として「読み聞かせ」をするというのは、誰かとお芝居をしているときとは、またちょっと違う感覚だったのでしょうか?

基本的には子どもたちの心に届くように読み聞かせをしていたので、普通にしゃべっているシーンとはやっぱり感覚が違いました。こちらがひとりで読んでいる中で、ストーリーに引き込まれて面白がりつつも、全体をとおして盛り上がるポイントなども冷静に考えていなきゃいけないとか、今まで読み聞かせをする機会がなかったので、自分にとってもいろいろ勉強になりました。


この現場でホッとできるような空気を作れるように

――「あんぱん」の撮影を振り返って、“朝ドラ”ヒロインとして、座長として意識されていたこと、心がけていたことを教えてください。

1年間とおして本当に豪華なキャストの皆さんとの共演でしたので、自分に何かできるとは思えませんでした。持ち続けていたのは、「あんぱん」という作品がとても優しくて温かい作品なので、現場もそのようでありたいな、という気持ちです。

私は数年前に「おかえりモネ」に出演させていただいたのですが、1年間ずっと出ていたわけじゃなくて、撮影する期間もあれば、たまに空いて、また戻ってくるという役でした。そのときに「おかえり」と言って迎え入れてくれたのが、すごくうれしかった思い出があります。

「あんぱん」にもたくさんの方が出演されて、「久しぶり」になる方もいらっしゃるので、戻ってきてもホッとできて「この現場に帰ってきた」という感じが持てる空気にできたらいいなと思っていました。

――嵩役の北村匠海さんは、楽屋に戻らずにスタジオの前室にいるようにした、と話されていましたが、そこに今田さんもいらっしゃるようになったんですよね?

そうですね。後半は、私も前室にいて、食事もそこで食べたりしていました。あの場にいると、キャストさん、スタッフさんのお顔が常に見えて、お昼の「あんぱん」の再放送をみんなで一緒に見ていました。そういう空気が私は大好きで、最後のほうはみんなで一緒に過ごしていましたね。

――戦後ののぶは、嵩と結婚したこともあって登美子(松嶋菜々子)との接点が増えましたが、のぶにとって登美子はどんな存在でしたか?

登美子さんは嵩のお母さんというところで、嵩がなじみのときとは違って、のぶにとってもお母さんという関係になりましたが、登美子さんとのぶの考え方の違いは、はっきりしていますよね。

のぶには、嵩に漫画を描いてほしい、裕福な暮らしよりも自分が好きなことに邁進まいしんしている嵩でいてほしい、という願いがずっとあります。でも登美子さんは、女性は家庭に入って、男性はその家庭を守るために働く、金を稼ぐという考え方があって。当時は登美子さんの考え方の方が一般的だったと思います。それが理解できる部分もありますが、やっぱり嵩を応援したい、という気持ちが強かったと思います。

――そもそも嵩に望んでいることが違っていましたね。

ふたりはきっとどこかで尊敬し合っていたと思います。そうじゃなかったら、もっと聞く耳を持たなかったり、自ら家を訪ねたりはしませんよね。のぶは登美子さんの強いバイタリティーや自分の意見をはっきり口にするところはすごく尊敬していましたし、登美子さんの気持ちもわからないわけではない。口ではいろいろ言っていますが、実は本当に嵩のことを思っているというのは、のぶも登美子さんも一緒なので。アプローチの仕方しかたは違いますけれど、似たもの同士だなと感じました。