
夫の信右衛門(北村一輝)亡きあと、生活が苦しくなった一ノ瀬家を支え、看護婦養成所へ行きたいと願う娘・りん(見上愛)の選択を認めることにした美津。武家の娘として気位の高さを持つ彼女は、東京に出てきてからは、新し物好きな一面も見せ始めている。さらに、卯三郎(坂東彌十郎)に直談判の末、働き口として「瑞穂屋」で働き始めた。そんな美津の魅力を表現するために、演じている水野美紀は、どんなことを考えながら撮影に臨んでいるのか。
武家の女性としての所作から、美津の人物像を作っていきました

――演じている美津の人物像をどのように捉えていますか?
美津は、那須にあった小藩の旧藩主の一族として生まれた人ですから、武家の女性としての“縛り”がすごいんです。「武家の人間は、こうでなくてはいけない」という教育を、小さいころから受けてきたのかなと。姿勢、手を置く場所、食事をするときの箸やお椀の持ち方、風呂敷の包み方まで、いろんな所作や礼儀、それから長刀や箏などの習い事、そういったものを幼いころから仕込まれ、“仕上がっていった人”なんですよね。
演じる私自身はというと、所作指導の先生にいろいろ教わっていまして……(笑)。キリッと口を結んでいて、驚いても開けることはないし、笑うときも口元はお袖で隠して笑う、みたいに。そういったことを1つ1つ所作指導の先生に教わることから、美津というキャラクターを作っていった感じがします。これまでとは違う芝居の表現や、感情の表出の仕方を求められていると思いますので、初めて経験することが多いですね。
――そんな状況でも、美津が信右衛門や娘たちに対して愛情を注いでいることが伝わってきます。
当時は、現代の感覚とは違って、情報もなく、決まり事が多くて、女性としての“生き方の選択肢”が少なかったと思います。美津は狭い世界の中で生きている分、1つ1つの物事、大切な人への思い、使う道具、着るもの、持ち物に対しての思いがとても“濃い”。丁寧に暮らし、日々、プライドを持って生きることに重きを置いているから、子どもに対しても、旦那様に対しても愛情はとても“濃い”ですよね。政略結婚も普通にあった時代に、自分で選んだ人ではない人と結婚した美津が旦那様と深い愛情で結ばれていたのは、すごく稀で、ラッキーなことなんだろうなと思います。

――家老だった信右衛門が農民になっても、何も言わずに従っていました。
武家の女性として生き、武家の家に嫁いだはずなのに、旦那様が農家となって貧乏暮らしを強いられていた。そんな状況の中でも、その人への深い愛情を変わらずに持っていられたのは、当たり前のことではないのだろうと思います。
端から見ていると旦那様との愛情があって幸せだね、と思われるけれど、おそらく当人は周囲の人にいろんなことを言われて、白い目にもさらされて、心の中には葛藤があったのかなと……。不自由で、大変な時代に、さまざまなことを背負って生活していたんだろうと思います。
――その愛情を、信右衛門に向けてちゃんと言葉にしていましたね。
そうなんです。なのに、あんなに早く亡くなってしまって……。あの短いシーンの中で、深いつながりを表現しなければいけませんでした。
それでも「めちゃくちゃ幸せな夫婦だな」と思いました。羨ましいですよ、この2人が。
美津には、いろんなものを吸収し、順応していく力があったと思います

――そのように「武家の女性として」生きてきた美津が、東京に出てからは大きく変わり始めました。その変化をどのように感じていますか?
生まれつき、そういうポテンシャルがあったのかなと思いました。順応性があるというか、目の前のことを意外と受け入れて柔軟に対応していける。
東京に出てからは、さらに察する能力も発揮して、時代の空気の変化など、いろいろなものを吸収して順応していきますよね。見たことのないものを見て、出会ったことのない人たちに会って、いろんな新しい価値観に触れられて。あとは、娘が本気でやりたいと言っていることを信じてみよう、娘の背中を押してあげよう、という親としての思いですね。

――それは、時代が変わっても変わらない部分ですね。
はい。美津は、「武家として人からどう見られるか」ということを、常に気にしていた人ですが、徐々に耐性がついていたんだと思いました。
特に、美津が瑞穂屋へ行って働き出すところ、古い価値観から一段上がって「自分も働いて金を稼ぐぞ」とスイッチが入ったところから、美津は本領発揮している。物怖じすることなく接客してしまうのが、美津らしさの真骨頂だと思います。
美津が重きを置いているのは、娘たちに幸せになってほしい、ということ

――娘らを見守る母親として、どんな感じで彼女たちに向き合っているのでしょうか?
娘たちには幸せになってほしいと願っていて、彼女たちを育て上げることが大きな生きがいになっていると思います。ただ子ども、というよりは1人の人間として、この子たちがしっかりした大人になれるように、と考えているお母さんだなと思います。特に武家ですから、親に対しての作法も厳しいですし、日常生活の中でも親を敬うことを教えながら、自立心を持って育つように……。
でも、孫の環(宮島るか、英茉)には甘くて、もう可愛くて仕方がないんですよ。ちょっとお行儀悪く座ってお団子を食べるシーンでも、それに対して美津は何も言わない。そこは現代にも通ずる「孫には甘い」(笑)。まあ、東京に出てきて、美津の価値観もいろいろ変わってきていますしね。
大きな時代のうねりを感じる明治はおもしろい

――「風、薫る」という作品の面白さを、どんなところに感じていますか?
明治という時代が、まず面白いですね。現代風にオカッパ頭の人もいれば、まだ髷を結っている人もいたりして、現代に通ずる部分と、江戸を引きずっている部分の両極が混在している。このドラマでも、時代劇の名残りを感じるパートもあれば、片や鹿鳴館ではダンス・パーティーが行われていて、まるで違う作品みたい。両方の世界観が1つの朝ドラの中で一緒に描かれているのがすごく不思議だし、1粒で2度おいしい感じがします(笑)。
そして人の価値観が大きく変わって、これまでの社会の前提がダイナミックに変化していく面白さと、その変化に翻弄されながらも強く生きる人たちのたくましさを感じます。そんな時代を生きている女性たちは、強かったと思います。忍耐強くて、我慢強くて。朝から晩まで家のことをやりくりしながら働いて、子どもの面倒を見て……働き者で、強かったと思います。
現在も、時代の大きな転換期にあると思います。演じていて、今起きている時代の変化と似たようなものを感じて考えさせられました。みんなプライドやそれぞれの価値観を持って生きているけれど、それは絶対的なものじゃなくて、価値観が根底から変わっていく。そんな時代のうねりに生きた人たちから、何かを感じていただける作品なのかなと思います。