
天正8年(1580)8月17日、安藤守就(演:田中哲司 ドラマでは慶[演:吉岡里帆]の父)が、織田信長(演:小栗旬)に追放されました。
守就は、もともとは美濃の斎藤家の家臣です(コラム#13参照)。永禄10年(1567)に信長に仕えるようになった後には、各地の戦いで功績をあげ、重臣の1人となっていました。
ドラマには登場しませんでしたが、守就は、秀吉(演:池松壮亮)が途中離脱した加賀七尾城(現在の石川県七尾市に所在)の救援(コラム#18参照)や、天正6年の播磨攻め、有岡城( 伊丹城 現在の兵庫県伊丹市に所在)攻め(コラム#24参照)にも参加しています。
今回、守就の子・定治(演:森優作)が戦に明け暮れる日々を嘆いていました。確かに絶え間ない戦いによって息をつく暇もなかったと思われます。もちろん本人だけでなく、家臣や領民にもブラックな“働き方”の影響が及ぶことになります。

ところが、このように信長への忠誠を示していたにもかかわらず、守就は林秀貞(演:諏訪太朗)や、丹羽氏勝(ドラマには出演していません)とともに追放されました。ただし森乱(演:市川團子)との相撲に負けたからではないでしょう……。また豊臣兄弟はこのとき播磨にいますので、この出来事には立ち会ってはいません。
守就と同じ美濃三人衆の一人、稲葉良通(演:嶋尾康史)の子孫が記した「稲葉家譜」によれば、このとき守就は78歳でした。直前には、これも信長の重臣・佐久間信盛(演:菅原大吉)父子も、信長の期待に沿うような働きをしていないとの理由で追放されてしまいました。

長年の重臣である彼らに、どんな罪があったのでしょうか。太田牛一著『信長記』には、秀貞・守就を「遠国へ追い払われた。その理由は先年信長公が大変だった時に野心を含んだためである」とのみ記されており、具体的には何があったのかはわかりません。
江戸時代に作成された林羅山『織田信長譜』や小瀬甫庵著『信長記』、編者不詳『当代記』などには、守就が甲斐の武田信玄(演:髙嶋政伸)に内通したため、と記されています。もともと美濃の武将ですので、地理的に隣国にあたる甲斐と何らかの縁がある可能性はあります。しかし信玄が死んだのは元亀4年(天正元 1573)。追放より8年も前のことになります。
たしかに元亀年間の信長は、浅井氏・朝倉氏・大坂本願寺をはじめ多くの敵に囲まれ、大変な状況でした。その時期には、守就の娘婿の1人・遠藤盛枝は、信長に仕える一方、信玄にも誼を通じていたようです(盛枝は処罰されないまま、その後も信長に仕え続けています)。
しかし、本当にそのような古い話が天正8年になって問題視されたのでしょうか。
老臣たちの追放は家臣団再編のための“粛清”!?
この時期の信長の状況を見ると、天正8年8月2日に大坂本願寺を降伏させました。門主の顕如光佐は、すでに4月に大坂から退去しています。元亀元年以来、10数年にわたって争った強敵についに勝利したのです。信長は薩摩の島津義久に「畿内は残るところなく鎮まった。来年には安芸に出陣するのでよろしく」と、意気揚々と伝えています。

守就らの追放は、その直後の出来事でした。畿内の平定に伴い、信長は家臣団の再編を考え、やや煙ったく感じていたであろう有力な老臣たちを排除したのかもしれません。ただこの事件は、他の家臣たちに“自らもやがて思わぬ形で追放されるのでは”と不安を与えることにもなったでしょう。信盛と秀貞は、追放後ほどなく死去しました。
一方、守就・定治父子はその後、しばらく美濃の谷口(現在の岐阜県武芸川町 『美濃明細記』)、あるいは北山(現在の岐阜県山県市 『稲葉家譜』)に逼塞したといいます。再び小一郎長秀(のちの豊臣秀長 演:仲野太賀)や慶に会うことはできるのでしょうか。
今週の放送で、長秀はもう1人、印象的な人物と出会っていました。土佐の長宗我部元親(演:磯部寛之)です。元親はもともと土佐岡豊城(現在の高知県南国市に所在)を本拠とする一地方の領主でしたが、10数年で土佐を統一し、さらに四国全域に手を伸ばしていました。
幼いころ、色白でおっとりしていたため“姫若子”と呼ばれていたという伝承があります。ドラマの元親のはなやかな装束は、そうした伝承を踏まえたものですね。
その元親の要望だった「長宗我部による四国の切り取り(領土拡大)」を一度は認めたはずの信長ですが、突然却下することにしたようです。明智光秀(演:要潤)は呆然としていましたね。
どういう経緯があるのか、何やら不穏な気配を感じます。

愛知県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。現在、東京大学史料編纂所准教授。朝廷制度を中心とした中世日本史の研究を専門としている。著書・論文に『中世朝廷の官司制度』、『史料纂集 兼見卿記』(共編)、「徳川家康前半生の叙位任官」、「天正十六年『聚楽行幸記』の成立について」、「豊臣秀次事件と金銭問題」などがある。