「織田信忠(演:小関裕太)様の若子・三法師様を、宿老である我々が守りたてまつり、我々が天下の政を命じることになった――」

本能寺の変からひと月ほど経った天正10年(1582)6月27日、このような命令が、丹羽長秀(演:池田鉄洋)、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉 演:池松壮亮)、池田恒興(演:堀井新太)、柴田勝家(演:山口馬木也)4人の連名で出されました。
同時に、織田家家臣たちの所領の配分についても定められました。秀吉は播磨のほか、山城、丹波、河内の一部と多くを得て、一躍最大の所領をもつ家臣となりました。
弟・小一郎長秀(のちの豊臣秀長 演:仲野太賀)は、秀吉の領地の中から丹波福知山を与えられました(コラム#29参照)。すでに与えられていた但馬の領地に隣接した地です。これまで秀吉の領地だった近江長浜は勝家に配分されました。

これら信長の死後の体制が話し合われた会議は、清須城(現在の愛知県清須市に所在)で行われたため、“清須会議”と呼ばれます。
秀吉がその前日26日付で上野にいた滝川一益(演:猪塚健太)に宛てた手紙には、「21日に尾張、美濃に赴き、平定したのち、今は清須城に逗留しており、御国の掟などを申しつけている」と書かれています。
おそらく一度の会議ですべてが決定したというよりは、数日をかけて調整が行われ、27日付で決定事項を発表したと考えられます(ドラマでは、重臣たちによる内々の会議と表向きの会議の二段構えでしたね)。発表の翌日には、秀吉は清須城を離れました。
三法師は、織田信長(演:小栗旬)の嫡男・信忠の子、つまり信長の嫡孫に当ります。清須城は、信長のかつての居城であり、このときは三法師が滞在していました。本能寺の変後、信忠の居城・岐阜城(岐阜県岐阜市に所在)からここに避難していたのです。

以前の研究では、信長の後継者をめぐって、次男・信雄(演:山脇辰哉)と3男・信孝(演:結木滉星)が争うなか、秀吉が謀略をもって三法師を擁立した、と考えられていました。しかし近年では、ドラマで秀吉が述べていたように、三法師の家督継承は自然なこととして定まっていた、というのが有力な説となっています。そのため、重臣たちは新しい当主のいる清須城に集合したのでしょう。
とはいえ三法師は数えの3歳と幼く、成人するまでの名代(当主代理)が必要でした。ドラマでもそれぞれの思惑が渦巻いていましたが、実際、信雄と信孝がその地位を争います。しかし結局はどちらでもなく、秀吉や勝家らによる集団指導体制が取られることになりました。
4人の重臣たちは互いに協力すると誓約書を交わし、信雄と信孝も血判を捺した誓約書を出して、この新たな体制を承認しました。以後、さまざまな案件で秀吉たちがやりとりをしている文書が見られます。
勝家と市の結婚は一途な愛の結実? それとも政略結婚?

ところでドラマでは、清須会議ののち、京で三法師が秀吉に抱かれて諸将の前に登場する場面がありました。これは奈良の僧・英俊の日記の「7月8日に秀吉に伴われて上洛した三法師に諸大名が礼を行なった」との記事に基づくエピソードと考えられます。
しかし、京の公家たちの日記にはそんな記事は見えず、共通して「秀吉は7月9日に上洛し、11日に人々は秀吉への挨拶に赴いた」と記されています。おそらく三法師への礼が8日に行われたというのは噂で、実際には行われなかったと考えられます。
とはいっても、英俊が「羽柴(秀吉)の思う通りの結果」と記しているように、この会議を経て秀吉の織田家内外での存在感が一層増したのは間違いないでしょう。その後、三法師は叔父・信孝が新たに城主となった岐阜城に移りました。
さらに清須会議では、勝家が信長の妹・市(演:宮﨑あおい)と結婚することが定められた、と推測する説があります。その理由として、勝家だけが他の3人の重臣と異なり、織田家との姻戚・養子関係がなかったことが指摘されています。

秀吉は、信長の子・お次秀勝(演:柊木陽太)を養子にしています。丹羽長秀の妻は信長の養女で、子息・長重の妻にも信長の息女を迎えていました。恒興は信長の乳兄弟で、娘は信長の子・勝長の妻でした。勝家と市の婚姻により、重臣たちがそれぞれ織田家と強固な関係を築くことで、家中の結束を強めようとしたという説です。
ただしキリスト教宣教師の記録には、勝家の嫡男・権六が信長の娘と結婚すると定められていた、と書かれています。そうであれば、勝家もすでに織田家と縁があったことになりますが、権六は天正10年には10代前半と推測され、まだ結婚に至っていなかったのかもしれません。
江戸時代には、かねて美貌の市に想いを寄せていた勝家・秀吉2人の“愛の一騎打ち”に勝家が勝利した、というエピソードが流布していました。しかし実際は、もっと政治的な縁談だったと考えられます。詳細な経緯は不明ですが、天正10年9月以前には勝家と市は結婚していたようです。

また、勝家が秀吉の旧領・近江長浜を得た背景には、かつてのこの付近の主・浅井長政(演:中島歩)の妻だった市を妻とすることで、支配の正当性を得たからだ、という指摘もあります。
さて、こうして新たな織田家の体制がスタートしました。
愛知県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。現在、東京大学史料編纂所准教授。朝廷制度を中心とした中世日本史の研究を専門としている。著書・論文に『中世朝廷の官司制度』、『史料纂集 兼見卿記』(共編)、「徳川家康前半生の叙位任官」、「天正十六年『聚楽行幸記』の成立について」、「豊臣秀次事件と金銭問題」などがある。