NHK財団では、情報空間の課題の解決方法や、一人ひとりが望む「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」を実現するためのアイデアを募集し、社会実装に向けての取り組みを進めています。
(詳しくは財団の公式サイト「インフォメーション・ヘルスアワード」をご覧ください)※ステラnetを離れます
株式会社電通 第4マーケティング局 未来シナリオコンサルティング部/未来事業創研プロデューサーの千葉貴志さんは、昨年の「インフォメーション・ヘルスアワード」から応募作品の選考に参加しています。
「現代の情報空間における広告の公共性と未来について」聞きました。

――現代の情報空間では広告の存在や役割が改めて注目されていますが、千葉さんが広告の世界に入ったきっかけは?
千葉 僕が入社したのは2008年なんですが、もともと広告にものすごく興味があったというよりは、この会社で働く人に興味があったんです。
というのも、当時僕が所属していた部活のコーチが、電通の社員だったんですが、試合の合間に、具体的な戦術論ではない、不思議と気持ちが盛り上がるような、チームに一体感が生まれるようなムードを必ずつくってくれる方でした。
どんな仕事をしているかは全然知らなかったのですが、このコーチみたいな社会人になりたいと思ったのが、興味を持ったきっかけでした。
そこから広告業界について調べてみたら、「広告って、世の中の空気とかムードを作るものなんだな」って思うようになって。モノを直接作るわけじゃないけど、空気を作るっていうのが、すごく自分に合ってる気がして、魅力を感じました。
入社してから最初の10年は自動車メーカーの担当営業をしていて、車のことしか考えないような生活でした。
その中でも、テレビCMの力ってすごくて、新しい車が出てCMが流れると、それだけで世の中の空気が変わるんですよね。
「この車がいい」という話じゃなくて、その車がある日常や暮らしが、CMを通して形になっていく。それがすごく面白いなって思いました。
広告は、世の中の空気をつくる“カルチャーの担い手”
――広告は単なる宣伝ではなく、人の心をつかむ“表現”としての力を持っているんですね。
千葉 広告の役割は、世の中の空気をつくるカルチャー的な存在だと思っているんです。
いい商品や企業の魅力をちゃんと伝えて、それを「いいな」「欲しいな」と思う人がいて、買う・買わないはもちろんあるんですけど、そのプロセスの中で空気やムードが生まれていく。それこそが広告の力だと思うんです。それが定着して、文化になっていく。
人の心を動かす表現って、現代の「割引です」「今だけです」みたいな煽る広告とは違って、本質的な魅力をちゃんと伝えることが大事だと思うんです。
だからこそ、ストーリーテリングやコンテンツマーケティングが重要で、企業にとってはブランディングの一環になる。
「今なら安い」ではなくて、「これがあると素敵だよ」っていうような、“粋な”広告が人の心に響くんじゃないかと思います。
変わらない人びとの“欲求”、変わっていく“満たし方”──現代の情報空間における広告の公共性
――現代の情報空間では、アテンション・エコノミーやフィルター・バブルといった構造が、広告の届け方や受け止め方に大きな影響を与えています。広告が本来持っていた「共感」や「信頼」の力は変化している、ということでしょうか?
千葉 個人的には「広告の力が変化している」というよりも、生活者の考え方や欲求の満たし方が変化していると捉えるほうが自然だと思っています。
実際、僕が所属している「電通未来事業創研」(※ステラnetを離れます)というチームで、過去15年ほどのデータを使って2040年までの欲求の変化予測を行ったことがあります。
その結果わかったのは、人の欲求そのものはほとんど変わらないということでした。かなりの予算をかけて調べた結果が「変わらない」だったんです(笑)。でも、それってすごく重要な発見だと思っていて。
欲求は変わらないけれど、その満たし方は時代によって変化している。
情報があふれる今の時代では、「粋かどうか」よりも「得かどうか」に重きを置くような思考が生活者の中で強くなっていると感じます。
もちろん、損得を比較検討して選べるというのは、ある意味では健全なことです。それ自体が悪いわけではありません。ただ、そうなると広告の役割も変わってきて、共感や信頼よりも、割引や目立ちやすさが重視されるようになってきている。
結果につながるためには、どうしてもそういう方向にシフトしてしまうのが現状だと思います。
企業側も、今は透明性が求められる時代で、毎年の業績を株主に説明しなければならない。「今は無駄かもしれないけど、やっておこう」というようなことが、目先の利益を優先する中で難しくなっている。どうしても「今年売上を立てられるか」という方向にシフトしてしまうのは、仕方ない部分もあると思います。
一方で、かつて担当していた自動車メーカーのような大手企業は、単に車を売る会社ではなく、人の移動を支える会社であり、地域経済や日本経済を支える存在であるという自負があります。そうした企業は、「自分たちは社会にどう貢献しているか」という視点を持っていて、それを伝えたいという思いがある。
だからこそ、共感や信頼といった広告の本質的な力が、そこに戻ってくるのだと思います。
――広告を通して多くの企業が、目先の損得を優先するようになってきた背景には、SNSによる情報空間の変化があるのでしょうか?
千葉 情報が溢れ、メディアの数も増えたことで、一人ひとりにパーソナライズされた情報が届く環境が整ってきました。つまり、広告がターゲティングされる時点で、そこにはもはや「公共性」は存在しないとも言えると思います。
さらに、SNSの登場によって、生活者自身が情報を発信できるようになり、それが瞬時に拡散される環境ができました。
広告ではないけれど、広告のような影響力を持つインフルエンサーの発信などもその一例です。僕が課題だと感じているのは、個人の感想や意見であっても、正しいかどうかの判断をされないまま広まってしまうという点です。
それはすごく危ういことで、だからこそ企業が発信する広告については、「正しいことを、正しく、迷わず信じられるもの」であってほしいと思っています。
――広告企業は具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか?
千葉 テレビCMで企業広告を展開しているところでは、誰が見ても問題のない、正しくて信頼できる内容を伝えることに力を入れている印象があります。
ただ、その一方で課題もあって、特にBtoB*1企業の場合、広告表現がどうしても似通ってしまう傾向があります。
「自分たちはこんなことをやっています」と伝えたいのに、使われる言葉や表現が似ていて、最後にロゴを変えればどの企業にも当てはまってしまうような広告になりがちなんです。
大事なのは、誰が見ても信じて大丈夫だと思える広告であること。特に、公共性を担保する広告としては、それがとても重要だと思います。
*1 企業が企業を対象に商品やサービスを提供するビジネスモデル
――生成AIなどの新技術は、広告の公共性にどのような影響を与えていると考えますか?
千葉 すごく難しい質問ですが、結局のところ、生成AIなどの技術も、それをどう使うかという視点が非常に重要だと思っています。
今もそうですが、今後ますます「本当かどうかわからない情報」が簡単に拡散されるようになるでしょう。
その一方で、正しい情報を、生成AIを使って、わかりやすく、誤解なく、パーソナライズされた形で多くの人に届けられるようになると思います。それが実現できれば、たとえ個別に最適化された情報であっても、公共性を保った広告として成立するのではないでしょうか。
私自身の願いに近いかもしれませんが、広告はそうした方向に進化していくべきだと思っています。
広告がつくる「世の中の空気」と、健全な現実社会と情報空間の関係
――情報空間の健全性を保つために、広告業界は今後どのような役割を果たすべきとお考えでしょうか?
千葉 冒頭でもお話ししたように、広告って「世の中の空気やムードをつくるもの」だと思っているんです。
その視点からふと感じたのは、健全な情報空間って、健全な現実社会があってこそ成り立つんじゃないかということです。
じゃあ健全な現実社会って何かというと、やっぱり「ウェルビーイング」なんですよね。
つまり、生活者が日常を幸せに暮らせているかどうか。そこがすごく大事だと思っています。
広告業界ができることって、実はそんなに多くはないかもしれません。
でもその中で、健全な情報空間のために、健全な社会、そして幸せな暮らしを支えるという視点は、すごく大切にすべきだと思うんです。
広告は、生活者に直接届く数少ないメッセージのひとつです。
だからこそ、たとえば「見ただけでちょっと心が温まる」「幸せな気持ちになる」ような、プラスの感情を届けられる広告がもっとあっていいし、業界全体でそういうものを目指していくべきだと思います。
今って、広告が「邪魔なもの」として扱われがちですよね。
SNSでは「スキップできます」っていう前提で流れてくる。でも、本来広告って、必要な人にとってはありがたい情報でもあるはずなんです。
たとえば、「これ、ずっと欲しいと思ってたけど、具体的に何かはわからなかった」っていう人が、広告を見て「これだ!」と気づく瞬間がある。
それがたとえ高価でも、その人にとっては価値があるし、幸せにつながることもある。
30秒で人の心を動かすって、すごいことだと思うんです。映画のような感動を、たった30秒で届けられる。短い尺の中で必要な情報だけを伝えるから、伏線がない。むしろ「もっと知りたい」と思って、別の場所で調べることになる。
だからこそ、30秒CMの持つストーリー性や感動の力って、すごく価値があると思うし、そこをもっと大事にしていくべきだと感じています。

――「第3回インフォメーション・ヘルスアワード」の応募を検討される方にメッセージをお願いします。
千葉 今の情報空間には、さまざまな課題が見えてきています。
少し話がそれますが、最近の小学校や中学校では、子どもたちが課題“ばかり”学んでいるように感じます。SDGsなどの影響もあり、「今こんな問題があります」「これが課題です」といった教育が中心になっていて、子どもたちが未来に対して無邪気にワクワクできない社会になっているのではないかと思うんです。
僕自身もそうでしたし、もう少し上の世代もそうだったかもしれませんが、昔は「なんとなく未来は楽しそうだ」と思えていたはずなんですよね。
会社の先輩のお子さんが「昭和に生まれたかった」と言ったそうなんですが、それを聞いてすごくショックでした。昭和は右肩上がりで、未来に不安を感じずにワクワクできた時代だったと。
だからこそ、子どもが未来にワクワクできる社会を、大人がつくるべきだと僕は強く思っています。
僕が担当している「アイデア部門」でも、課題解決だけで終わるアイデアではなく、その先にどんな価値や幸せ、明るい未来があるのかを見据えた発想が大事だと考えています。
課題をどう解決するかだけでなく、その解決の先に何が生まれるのかを考えることで、アイデアの志や深みが大きく変わってくると思うんです。
特に情報空間においては、情報の受け取り方や整理の仕方によって、どんな幸せが生まれるのかを意識することが重要です。
そうした視点を持ってアイデアを考えてもらえれば、きっと「アイデア部門」には素晴らしい提案が集まると思います。
ぜひ、みんなにそのことを考えてほしいと思っています。
――ありがとうございました。
「第3回インフォメーション・ヘルスアワード」の募集が始まっています。詳しい応募方法などはNHK財団の公式サイトをご覧ください。(※ステラnetを離れます)
ステラnetでは、選考委員や受賞者の方々のインタビューなどをこれからも掲載する予定です。ご期待ください。
(取材・文:インフォメーション・ヘルスアワード事務局 木村与志子 撮影:ステラnet 松田久美子)
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