誰袖たがそでが愛し、一緒になることを夢見ていた田沼意知おきとも(宮沢氷魚)が突然の死を迎えた。意知を陥れた者たちへの仇討ちとして、また誰袖の笑顔を取り戻すため、つたじゅう(横浜流星)は黄表紙『江戸えどうまれ艶気樺焼うわきのかばやき』を制作する。誰袖役の福原遥は、この一連の顛末てんまつを、どんな思いで見つめていたのか?

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誰袖にとって、意知の死は最後の最後まで受け入れられないもの

——身請けが決まり、意知と一緒になれる幸せの絶頂から、絶望に突き落されました。誰袖の気持ちの振り幅を、どう演じようと考えましたか?

意知さんと過ごした時間が素敵すてきなものだったと視聴者の皆さんにも感じてもらえるように、ふたりが深い絆で結ばれているところをたくさん出せたらいいなと思いながら演じました。

誰袖にとっては一目れで、初めて会った瞬間に「あ、この人だ」と感じたのが意知さんなんです。身請けされたいという思いは小さいころから持っていましたが、もちろん誰でもいいわけではなく、「この人が好き」と思ってからは、ずっと意知さんひとりにぐぶつかっていきました。

誰袖には今まで苦しいこともたくさんあったと思います。その中で「どうにか生きていかなくちゃ」と、もがき続けていました。優しく包み込んでくださる意知さんと出会えてからは、「自分も幸せになれるかも」「なっていいんだ」と思いながら過ごしていました。

——意知から身請けを伝える手紙が届いて泣く場面。あの涙はどんな感情からですか?

意知さんは「身請けする」と言ってくれましたが、会えない時間が長かったので「本当にしてもらえるのかな?」という不安は、誰袖の中にずっとあったと思います。でも、あの手紙から「こんなにも私のことを考えてくれていたんだ」と意知さんの思いが伝わってきて、本当にうれしくて……。それでこぼれた涙です。

——そんな幸せな時間の後、意知が亡くなりました。意知の死をどのように受け止めましたか?

いえ、ずっと、それこそ最後の最後まで、受け止められていません。あまりにも衝撃的すぎて……。蔦重兄さんが『江戸生艶気樺焼』を読み聞かせてくれて、ちょっとずつ光が見えてきて、前に進んでもいいかもって、第29回の終わりでやっと思えたので……。それまではずっと自分の殻に閉じこもって、受け入れられないまま時間を過ごしていました。

——第28回から鬼気迫る表情でわら人形を刺していましたが、心が壊れてしまった誰袖の姿を演じるのは、相当苦しかったのでは?

ずっと「意知さんのところに行かなくちゃ」「こんな状況には耐えられない」という思いで呪っていたので、私自身も苦しかったです。意知さんの側に行きたいけれど、自ら命を絶つことができない悔しさが強くて……。気持ちがボロボロになりました。

——添い遂げることはできませんでしたが、誰袖にとって意知はどのような存在でしたか?

意知さんのおかげで誰袖は本当に幸せな時間を過ごせました。意知さんからの愛をたくさん感じて、誰袖の人生にとって、いちばんと言っていいほど幸せな時間だったと思います。

そして、蔦重兄さんが彼らしい仇討ちをしてくれたおかげで、亡くなった後も意知さんはずっと自分の側にいてくれると思えるようになりました。これからは誰袖らしく、強く、たくましく生きていけるのではないかと思います。


全てを理解してくれる蔦重だから、誰袖も笑顔になれた……

——『江戸生艶気樺焼』を、誰袖はどのように受け止めたのでしょうか?

蔦重兄さんは誰袖が小さなころからいつも側にいてくれる存在で、常に助けられてきました。あのときも「誰袖の笑顔を見たい」という思いが強く伝わってきて、だから誰袖も笑顔になれたのかな……。全てを理解してくれていて、それで誰袖の心も少し和らいだんだと思います。

——誰袖は、意知に一目惚れする前はずっと蔦重に身請けを迫っていましたね。

とにかく蔦重が大好きだったのですが、それは恋心とも少し違って、お兄ちゃんを追いかけるような気持ちで、「蔦重、蔦重」とくっついて歩いていたんだと思います。もし蔦重がいなかったら、誰袖は絶対に頑張れていなかっただろうと思います。

身請けの直前、桜の木の下で「幸せになれよ」と言ってくれたシーンで、蔦重は「かをり」と呼んでくれました。心から幸せを願ってくれていることが伝わってきて、本当に自分の全てを理解してくれているんだなぁ、と嬉しかったですし、とても印象に残っています。

——横浜流星さんとの間で印象的なやりとりがあったら教えてください。

横浜さんは、絶対に疲れていらっしゃるはずなのに、普段からたくさん話しかけてくださるんですよね。私は “緊張しぃ”なのでガチガチになってしまって、いろいろ迷惑をかけることも多いんですけれど、緊張がほぐれるように話してくださって、まるで誰袖と蔦重のように、お兄ちゃんのように接してくださいました。

——迷惑をかけたというのは?

例えばキセルを扱う仕草しぐさなどの細かな所作がうまくいかなくて「もう1回」となっても、「大丈夫だから」と励ましてくださいました。緊張すると動きがきれいに見えないので、花魁役には柔らかで力の抜けた所作が大事なのですが、それでもガチガチに緊張してしまって……。でも、横浜さんのおかげでだいぶ楽に臨めました。


好きなセリフは「んふ」——小悪魔な部分、ピュアな部分、無邪気な部分、誰袖らしさが前面に出ている

——これまで誰袖を演じてきて、ご自身と似ているなと感じる部分はありましたか?

似ているところは……、あまりなかったかもしれません。誰袖は肝が据わっているといいますか、こうと思ったら突き進むたくましさがあります。それでいながら、すごくピュアで可愛かわいらしい部分もたくさんあって、演じていても愛情が湧いてくる、すごく魅力的な女性でした。

「なんてカッコいい女性なんだろう」「自分もこんな女性になりたいな」と思いながら演じていました。「大丈夫かな、私で」と思いながらも、自分なりに頑張って色気やキュートさ、ミステリアスなところ、いろんな誰袖の魅力を出せたらいいなと考えて臨みました。

——誰袖のカッコよさとは、どんなところだと思いますか。

生き方ですね。裏ではたくさん苦労してきたはずなのに、いつも天真爛漫てんしんらんまん、弱みを見せずに生きている姿や、苦労してきたがゆえに賢く、したたかに生きる姿が、本当にたくましいと思います。意知さんに対しても、まっすぐアプローチして、全然リアクションが返ってこなくても、負けずにアタックしている姿もカッコよかったです。

——福原さんと誰袖との間でギャップを感じられた部分もありましたか?

私と誰袖は真逆だと思います。誰袖は次にどんな行動をとるのか読めない女性ですし……。例えば、(第25回で)意知さんに近づいた女郎に嫉妬して二階から飛び降りるシーンでは、「誰袖がそんなことするんだ!」と驚くような行動を見せました。

脚本の森下(佳子)さんが、毎回新たな一面が見えるよう、深い愛情で誰袖を書いてくださっているのを感じて、必死に食らいついて、誰よりも猪突猛進ちょとつもうしんな誰袖像を自分の中で作り上げました。

——取っ組み合いの喧嘩けんかの後に、髪を下ろして意知の前に現れて恥ずかしそうにしていた姿が等身大の女性と感じられて印象的でした。あのときはどんな心持ちだったのでしょうか?

誰袖が意知さんに初めて見せるオフの姿です。髪結い前の顔を見られて恥ずかしい気持ちもありますし、「意知さんに愛されてないんじゃないか」という不安が高まっていたので、もう余裕がない状態でした。いつもはすごく強気で、前へ前へ進む女の子ですけど、あの場面だけはちょっと自信をなくしていて……、誰袖が抱える不安が垣間かいま見えた瞬間だったと思います。

——印象に残っているシーン、セリフなどは?

意知さんに膝枕をするシーンです。あそこで初めて意知さんの真意がわかって、ちゃんと愛情が伝わってきて、すごく幸せに思えました。

セリフとしては、やっぱり「んふ」というのが誰袖らしさが前面に出ているセリフで、印象に残っています。ちょっと小悪魔な部分、ピュアな部分、無邪気な部分、そういったものがあの一言にすごく出て……。いろいろ工夫してお芝居をできて楽しかったです。


また大河ドラマに出演できるよう、これからもいろいろとお稽古を続けたい

——『江戸生艶気樺焼』を劇中劇で演じて、楽しかった点、苦労した点を教えてください。

『江戸生艶気樺焼』に登場する花魁のうきは、ちょっとツンとしたクールな女性で、誰袖とは全然違う女性だったので「ちゃんと、浮名に見えているかな?」と心配しながら演じました。

一つ一つの動き、所作なども違っていたので、指導の先生方に「こうしたら、カッコよく見える」と一から教えていただいて、演出の方とも「ここまでは笑わないほうがいい」などと相談しながら収録しました。劇中劇自体の世界観も作り込まれたもので、いつもとは違うポップな空気を感じて、演じていてすごく楽しかったです。

——今回「べらぼう」に出演したことは、福原さんにとってどんな意味を持つと思いますか?

もともと時代劇をやりたいという思いがあったところに、今回初めての時代劇を、大河ドラマという大きな舞台でやらせていただきました。こんなにも素敵な誰袖をやらせていただけて、一生の思い出になりますし、何よりも嬉しかったです。わからないことだらけで、皆さんから学ばせていただきながらの収録でしたが、本当にいい経験をさせていただけたと思います。

同時に自分の力の無さを痛感して、もっともっと勉強しないといけないと痛切に感じました。また大河ドラマに出演できるよう、これからもいろいろとお稽古を続けて、勉強して、自分の力をつけていきたいと思います。