徳川御三卿の一つ・田安家出身で、幼少の頃(幼名・賢丸/寺田心)から聡明な少年と評判だった松平定信。陸奥白河藩の養子に迎えられ、若き藩主として藩政改革に邁進。その手腕を買われて国政に復帰すると、長年の宿敵・田沼意次とその一派の粛清に着手する。以後、質素倹約を旨とする「寛政の改革」を推し進め、蔦重ら江戸の出版界にも大きな壁となるが……。演じる井上祐貴に、本作での人物像や作品の魅力を聞いた。
「君が定信か!」 初めて会った渡辺謙さんに身構えられて
——ドラマの松平定信の人物像に、どのような印象を持っていらっしゃいますか?
一言で言うと、面倒くさい人ですね(笑)。定信が国政でやりたいこと、伝えたいことはよくわかりますし、「世の中を良くしたい、そのためには田沼政治の“悪”を一掃すべき」という考え方は理にかなっている部分もあると思います。ただ、そのやり方や伝え方が独特というか、頑なというか……(苦笑)。
これから「寛政の改革」を進めていきますが、最初は人々に支持されて船出するのに、その人気も長くは続きません。定信は蔦重の行く手を阻む役どころなので、主人公の “大きな壁”となれるよう精一杯務めさせていただきます。

——「どうする家康」の本多正純役以来、2回目の大河ドラマですが、ご自分の演技などに変化はありますか?
いちばん感じたのは所作ですね。武士独特の歩き方や座り方など、忘れていたことも、先生から指摘されると「そうでした!」って体が思い出してくれる感覚はありました。セリフ回しでは、正純と定信のキャラクターが大きく違うので、定信のセリフ回しにはまだまだ苦戦している感じです(笑)。
——具体的にはどのようなところで苦戦されているのですか?
今作の定信は、とにかく早口。僕としては、定信のオタク気質なところと、頭が良いので次から次へと言葉が出てくる理屈っぽいところが相まったキャラクターが、しっくりきています。演出の方からも「それでいきましょう」と言っていただけたんですが、まだ言い慣れない難しい単語とかもあって(苦笑)。全力でそこと戦っている最中です。
——「寛政の改革」は歴史の授業でも習いますが、この作品に入る前と入ってからでは、何か印象は変わりましたか?
最初は、汚職まみれの田沼政治を改めるべく、質素倹約と学問を奨励した、というざっくりしたイメージしか持っていませんでした。でもドラマの前半で、寺田心君が演じる賢丸が意次に虐げられていると感じるシーンを見て、ここからすでに意次との対立、個人的な恨みは始まっていたんだなあと……。そういう思いをすべて背負って改革を始めるんですから、強引に進めようと躍起になるのも無理のないことなのかもしれません。
——憎っくき意次を演じていらっしゃる渡辺謙さんとは何か話されましたか?
収録に入る前、僕がカツラ合わせに行った時、ちょうど隣で謙さんが準備をされていたんです。そこで、「松平定信役の井上祐貴です。よろしくお願いします」と挨拶をさせていただいたのですが、謙さんは「なに! 君が定信か!」というように警戒した表情で身構えられて(笑)。もちろん冗談なのですが、そのリアクションですごく心がほぐされたというか。ガッチガチに緊張していたので、すごくありがたかったですね。
謙さんは何作も大河ドラマに出ていらっしゃいますし、僕には想像できないほどの経験をされている方。スタジオでもいろんなお話を聞かせていただけるので、とても勉強になります。

セリフには出てこない心情を目で演じていきたい
——クランクイン初日、さっそく意次とやり合う場面を撮影したとか?
そうなんです。そのシーンは謙さんだけでなく、そうそうたる大御所の方、名優の方々がずらっと並んで座っていらして、その方々を後ろに従えて中央に座るのが僕。初日から、めちゃくちゃ緊張しました。
意次とは深い因縁もありますし、強い恨みも抱えている定信ですから、お芝居に入るとバチバチに敵対するシーンも多いです。ただ、その思いをどれだけ表情に出そうか、露骨すぎるのも嫌だし、と迷っている時など、謙さんにはたくさんご相談させていただきましたし、アドバイスもいただきました。定信の秘めた思いがどのように表現されているか、視聴者の皆さんも期待して見ていただけると嬉しいですね。
——先ほど“主人公に立ちはだかる壁”というお話がありましたが、ある種のヒール役を演じる感想や意気込みをお聞かせください。
定信自身は、別に壁になりたいと思ってやっているわけではないと思うんです。彼の心の根底に、世を良くしたいという思いがあることは間違いありません。その信念に従っていくだけ、周りは関係ないと思っているようで。定信は、思い込んだら猪突猛進で突き進んで行っちゃうタイプ。それが、結果的に「寛政の改革」の行き詰まりにつながっていきます。
とにかく、台本には“定信は面倒くさい人”という描写がたくさん書かれているので、それを僕が何倍にも増幅させて演じられたらいいなと思っています。僕ができることは全力でやりたいです。

——定信を演じるときに、心掛けているところはありますか?
意識しているのは、目ですね。早口でつらつらと話す定信ですが、心の中で本当は何を考えているのか、それを目や表情で伝えられるようにと考えています。定信は自説を主張するセリフの他に、意次や他の人の考えを探るために話していることも多々あるんです。そんな時に相手のリアクションを受けて、どんな表情を見せるのか、セリフには出てこない定信の心の内を感じていただけたら嬉しいです。
蔦重と定信が同じ場面で共演できるよう期待しています!
——これまで「べらぼう」を見てこられた感想は?
吉原の内側という、これまであまり描かれてこなかった部分を取り上げ、センシティブな描写にもチャレンジしています。見ている方にちゃんと届くようにできる限り丁寧に描かなきゃという、現場のヒリヒリ感が伝わってきました。とても勉強になりましたし、楽しく興味深く見ました。
特に印象に残っているのは、蔦重の元から唐丸がいなくなってしまった場面。その後、再会するまでしばらく時間が空きましたが、こういうことが実際にあった、ありえた時代なんだなあとしみじみ感じて、それがずっと心の中に残っています。
——蔦重役の横浜流星さんとは何か話されましたか?
定信は江戸城にいるので、収録ではまだ会えていません。スタジオ前ですれ違った時に、ご挨拶させていただいたくらいです。個人的な希望としては、ぜひ定信と蔦重が会える場面を先々演じられればいいなと思っています。蔦重は老中の意次とも会えているんですから、定信と会うこともなくはないですよね(笑)。
横浜さんと僕は同い年なので、俳優として刺激をいただいていますし、見てきた世界は互いに違うと思いますが、同世代ならではの感性は共通している部分もあると思うので、ぜひ同じ場面で共演したいです。期待をこめて、よろしくお願いいたします!

——このドラマではヒール役ですが、白河藩主だった定信は、現在も福島県白河市ではとても人気があります。それを聞いてどうお感じになりますか?
白河では飢饉の時も餓死者を出さないなど、民衆のために善政を敷いたと聞いています。定信の根底に強い正義感があったからでしょう。国政での「寛政の改革」は評判が良くないですが、ちょっとした方向性や伝え方の違いで、もっとうまくやれたんじゃないかとも思います。
歴史上の人物はさまざまな解釈で作品に登場しますから、僕が演じる定信を見て嫌いにならないでください(笑)。白河市の皆さまの定信への評価を心に秘め、それを自信にして演じてまいりますので、これからぜひ松平定信も応援してください。