連続テレビ小説「ばけばけ」のヒロイン・松野トキ(髙石あかり)の祖父・松野かん右衛もんは、“ラストサムライ”。明治の世になっても武家の誇りを持ち、まげを結い、剣の稽古を続ける生粋きっすいの武士だ。演じる小日向文世に、勘右衛門の家族への愛情、その心境を聞いた。


武士の時代を終わらせたペリーが心底憎い

──ついに日本にやってきたヘブン(トミー・バストウ)に対して、勘右衛門は、問答無用で斬りかかりましたが……。

「ばけばけ」に出演が決まったとき、「明治になっても武士の格好をしているラストサムライの役」と聞いていたので、もっと生真面目で無口な、どっしり構えたキャラクターを想像していたのですが、全然違いました。目をつむったところから、突然カッ! と見開くというのも、もうちょっとかっこいいシーンになるものとばかり……。完全に、おっちょこちょいおじいちゃんでしたね(笑)。

正直、もうちょっと冷静になればいいのにとも思いますが、勘右衛門にとっては、武士の時代を終わらせたペリーが心底憎いんですよね。だから西洋人は全員ペリーってことになっちゃっている。ヘブンはむしろ好意的に接しようとしてくれているのに……(笑)。

実は、演じるのは難しいシーンでもありました。というのも、木刀だって打ちどころが悪ければ相手の命を奪いかねない。そのあたりの勘右衛門の本気度、塩梅あんばいを図るのが難しかったですね。もちろん、まさか殺してやろうとは思っていないでしょう。ただ、叩きのめしてやる、根性を入れ替えてやる、くらいの真剣さはあるはずですから。どうしてもコミカルなお芝居にはなるのですが、その演じ方の加減に苦労しました。

──ヘブンを演じるトミー・バストウさんとは、どんなコミュニケーションをとられましたか?

異国の地で、母国語ではない言語でお芝居をするのは大変なことですよ。でも、すごく現場を楽しんでいるのが伝わってきて、僕まで嬉しくなります。雑談も、違和感なくすらすらと日本語で話してくださるのですが、独学で学んだとお聞きして驚きました。本当にすごいと思います。

撮影が始まった当初、僕が「日本での滞在は大丈夫?」と聞いたら、「今のところは大丈夫。だけど、夏の暑さがとにかく心配」とおっしゃっていたんです。イギリス出身だから、寒さに強く、暑さに弱いんだそうです。今年の夏はとても暑かったですから、ひとまず無事のり切れてよかったです(笑)。


銀二郎と勘右衛門の対立は、時代の象徴

──第4週第16回で、出奔してしまった、松野家の大切な婿である銀二郎(寛一郎)を連れ戻すため、勘右衛門は自分の武具を売ってトキが上京するためのお金を作りました。

あれほど松野家のために必死で働いている銀二郎に向かって、「お主が恥をさらして得た金など、松野家にはいらぬ」 とは……。視聴者の皆さんも、「勘右衛門め、なんてひどいやつ!」と思われましたよね(苦笑)。

この2人の対立は、時代の象徴だと思うんです。銀二郎も武家の出身ですが、今を生きる若者代表として、その日その日を生きていくために頑張っている。それを、江戸を引きずっている年嵩としかさの勘右衛門がバッサリ切り捨ててしまう。そのやり取りには、それぞれのキャラクターと、その背景にある価値観の違いが大きく表れていると思いますね。

ただ今回ばかりは、勘右衛門も、自分のせいで銀二郎が出ていったのはわかっていますし、やっぱり申し訳ない気持ちになったのだろうと思います。だから、自分の魂である武具を売ってまで、旅費を捻出したわけですね。

──“武士の格”にこだわる勘右衛門であっても、さすがに反省していたということでしょうか?

そうですね。第2週第9回で息子のつかさすけ(岡部たかし)が髷を落としたときも、最初は「なぜじゃ? 髷は武士の魂ぞ! 」といきり立ちつつも、最終的には「仕方しかたあるまい、おじょのためじゃ 」と許していましたし、勘右衛門もおそらく、わかってはいるんです。

意地になって髷を結い、「自分だけはサムライ文化をなんとしてでも守るぞ」という意気込みの一方で、時代はもう江戸ではなく、少しずつ、でも確実に変化をしていっている。それはもう致し方がないことだ、と。

だから、口では、武士だ、武士だと言ってはいても、最終的には身分よりも家族が大切だったということでしょう。今後、時が流れていくなかで勘右衛門がどう変化していくのかを、ひとつの見どころにしていただければと思います。

──一方で、第19回で雨清水家から跡取りとして赤ん坊のトキをもらい受けた回想シーンの、勘右衛門の優しいほほみが印象的でした。

僕、個人的に赤ちゃんが大好きなので、あの表情は本心からの笑顔です(笑)。本当にかわいかったですね。勘右衛門としては、本当は跡取り息子が欲しかったのですが、当時は生まれる子が男か女かわかりませんからね。いただく約束をしていて、娘だからいらないというわけにはいかないし。でも一目見て、あのかわいさにメロメロになってしまったのだと思います。

──そんなトキが、もしかすると東京から帰ってこないかもしれないという状況に陥りましたが、その時の勘右衛門の心境はどんなものだったと思いますか?

第2週第8回でトキのお見合いを僕らが破談にしてしまった時、でん(堤真一)に対して勘右衛門が「腹を切れと仰せであれば、その覚悟は出来ております」と言うセリフがありましたけど、あれは、本気だったのだろうと思っていて。やっぱり本物の武士ですからね。あの雨清水家からいただいたお嬢をこんな目に合わせてしまって申し訳ないという感情が強くあったのではないでしょうか。

だから今回も同じで、銀二郎が出奔するきっかけを作ってしまって、まずトキに対して、そして雨清水家に対しても申し訳ないという気持ちですよね。傳はもう亡くなってしまいましたが、実の母親であるタエ(北川景子)さんに対しても。だから、トキが幸せなら、戻ってこなくてもいい。その覚悟はあったと思いますね。

──その後、トキは銀二郎と正式に別れ、松野家に帰ってきました。

ここ、僕の好きなシーンです。みんなで口のまわりに牛乳をつけて笑い合っているというね。台本を読んだ時もいいなあと思ったのですが、実際に演じてみると、よりジーンとくるものがありました。

帰ってきたトキの表情を見たら、今はこの狭い家が一番いいと思ってくれている、ということがありありと伝わってきて、さまざまな感情がブワッと湧き上がってきました。帰ってきてくれてありがとう、つらい思いをさせてしまって申し訳ない……。自分でもこんなに胸がいっぱいになると思っていなかったので、素晴すばらしい脚本だなと思いました。


武士としてのこだわりと、武士らしくないお茶目さをあわせ持つ

──朝ドラへのご出演は「まれ」(2015年)以来です。「ばけばけ」に出演が決まった時のお気持ちをお聞かせください。

「まれ」から、もう10年も経ったなんて驚きです。久しぶりにお声がけいただいて、率直にうれしかったですね。しかも、今回はヒロインの祖父役ということで、自分もそんな年かと感慨深かったです。もう71歳なんですよね、僕。おじいちゃん役ができる諸先輩方がたくさんいる中で、この勘右衛門という役をいただき、とても光栄でした。

──松野勘右衛門という役について、どんな人物だと捉えていますか?

個人的には、かわいらしい人だなと思っています。脚本のふじきさんは、記号的に描かれがちなキャラクターを“人間的に”描くことを大切にしている、とお聞きしました。たとえば、勘右衛門は武士ですから、頑固で厳しく、サムライ魂を持った人……、というのが記号的なイメージ。でも人間なので、その裏に弱い部分もあるはずですよね。そこを描いてくれている。

勘右衛門は武士としての自分に何よりもこだわりつつも、武士らしくないコミカルさやおちゃさも持っている人物です。特に、孫のトキのことはベタ可愛かわいがりしている。

そういえば、勘右衛門は、トキのことを、一度も「トキ」と名前で呼んだことがないんですよね。常に「おじょ」。それは“雨清水家のお嬢さん”という意味もあるでしょうが、それだけ、トキのことを大切にしていることの表れだと思っています。

それから、喜怒哀楽は全部表に出るし、うまい具合に人に話を合わせるのも苦手。そんな真っすぐな気性ゆえに、長く続いていた武士の時代から抜け出せずにいるのかもしれません。そこにある種の哀愁、切なさもある。そこが、勘右衛門の魅力だと思います。

──勘右衛門を演じていて、自分に重なると感じた部分があれば教えてください。

いろんな話に首を突っ込むところが似てるな、と思います。自分のいないところで誰かが話しているのに気づいたとき、置いてけぼりにされるのが嫌なんですよね。僕自身、家で僕がわからない話を妻や子どもたちがしていると、いつも「え、なになに、何の話?」って、流れを断ち切って入っていっちゃう(笑)。勘右衛門にもそういうところがあるような気がして。「わしのいないところで話すな!」みたいなね。


古き良き日本の家族のあたたかみが松野家の魅力

──勘右衛門が愛してやまない孫娘のトキ。演じる、髙石あかりさんの印象をお聞かせください。

もうね、全身からパワーがあふれ出ている感じがします。少なくとも僕が見ている限りでは、疲れた顔を見たことがないです。撮影の合間、髙石さんはたいていスタジオの前室の端に座っているんです。やっぱりヒロインはセリフが多くて大変だから、あまり話しかけると邪魔かな……、とも思うのですが、おしゃべりさせていただくと、とても楽しいし、いつもニコニコしている。

この間も僕が、「朝ドラのヒロインなんてやったら、有名になりすぎて街を普通に歩けなくなるよ」と言ったら「ええ〜!」とびっくりしながら笑っていて(笑)。そういう自分の境遇まで含めて楽しんでいる感じがしましたね。

──松野家のほかの皆さん、司之介役の岡部たかしさん、フミ役の池脇千鶴さんとは、撮影の合間どのように過ごされているのでしょうか?

僕もおしゃべりな方ですが、岡部くんもよくしゃべる(笑)。休憩中、池脇さんは台本を広げてはいるんですけど、結局、ニコニコしながら話を合わせてくれてね。3人でのおしゃべりは、とっても楽しくて、いい時間ですね。

やっぱりお芝居ってキャッチボールだから、お互いにやりやすいと思える関係性になることが重要ですよね。みなさん、とても楽しい方で、家族としてのお芝居の距離感にも影響しているんじゃないかなと思います。監督も「イメージしたキャスティングにうまい具合にハマった」と言ってくださっているし、視聴者の皆さんにも、松野家がこの役者たちでよかったというふうに見てもらえたら嬉しいです。

──そんな松野家の魅力について、お聞かせいただけますか?

貧しいながらも、ちょっとしたことでワイワイ笑ってるところがいいですよね。家もね、狭いじゃないですか。そんな中で寄り添って寝ている感じがいかにも日本人というか、身近に感じますよね。僕は昭和29年生まれで、松野家ほどではないにしろ、狭い家に家族で布団を敷いて寝ていましたからね。そういう懐かしさを、僕ら世代の人は感じるんじゃないかなあ。また若い人にも家族の温かみがしっかり伝わるのではないかと思います。