現在放送中のドラマ10「シバのおきて~われら犬バカ編集部~」は、出版社内で崖っぷちの立場にある相楽編集長(大東駿介)が、愛犬・福助(のこ)を相棒に、犬バカのための柴犬しばいぬ専門誌という新雑誌の企画を立ち上げ、個性強めのスタッフとともに奮闘する物語だ。本作では、福助をはじめとする柴犬がたくさん登場し、シバたちの愛くるしさや名演技ぶりにハマる視聴者が続出している。そこで、ドラマの撮影現場に潜入し、撮影の様子や、撮影に関わる“犬のプロ”たちの仕事ぶりに迫った。


演歌コスプレ姿で撮影に挑むシバたち

7月某日、東京都内にある撮影スタジオでは、第3回「シバの気持ちは、シバに聞け」の撮影が行われていた。創刊2号にして社長から、3号が当たらなければ雑誌『シバONE』は廃刊、編集部は解散と言い渡されてしまい、相楽編集長率いるスタッフたちは、「どうせ最後なら徹底的にやりたいことをやろう!」と、思い思いの企画を実行するというストーリー。

この日は、『シバONE』3号のグラビア特集「柴犬紅白歌合戦」用に、のこ(福助)が“天童シバ美”の、ゆず(ボム)が“北シバ三郎”の演歌コスプレ衣装に身を包み、編集部内で写真撮影を行うシーンを撮影していた。のことゆずは、すでに編集部のセット裏で衣装を身に着け、スタンバイ完了。飼い主さんと動物プロダクションのドッグトレーナー・細波麻裕美さんや、スタッフに囲まれ、楽しそうに過ごしていた。

本番前に行なわれるテストでは、ぬいぐるみを代役にして撮影の流れを確認し、その間のことゆずは待機。いよいよ本番となってから、2匹はセットに入り、富士山が描かれた背景の前にちょこんとお座り。


シバに合わせて撮影は“ぬるっ”と始まる⁈

通常の撮影では「よーい、スタート!」の合図で俳優たちの演技が始まるが、「シバのおきて」では、その掛け声によってシバたちが身構えてしまうということで、共演する俳優たちがシバたちの様子を観察しつつ、“ぬるっ”と本番に突入する。内藤愼介プロデューサーは、“犬ファースト”で撮影してきた結果、このような撮り方になっていったと話す。

内藤 スタッフがセットの外にあるモニターを見ながら「そろそろ本番行けるかな?」と思っても、大東さんが「まだスタートしないほうがいい」と言うこともありました。間近で見ているから、犬たちの様子もわかるんですね。みんなが優しい現場でした。そして犬たちは計算なしに自然な動きを見せるので、人もつられて自然な演技になるんです。

のことゆずがコスプレ姿でモデルを務めていたものの、相楽編集長に「次はじゃあこれ着てみようか」と言われ、ゆずが「やだ、俺は帰る。じゃあな!」と走り去ってしまうシーン。
果たして「タイミングよく走り去る」ことができるのか……。
これは、カメラマンの後ろで、ドッグトレーナーの細波さんがゆずの好きなおもちゃを見せて、ゆずの興味を引き、見事に編集部の外へと駆けていく姿をカメラに収めることができた。

細波 ゆずはボールが好きなので、ボールを見せてこちらに来てもらいました。台本のシーンに合わせて、どういう動きをすればいいか、犬たちがやらされているのではなく、自然に、楽しみながら動いてもらうにはどうすればいいかを考えるのが仕事です。


劇中衣装の大半は、ドッグスタイリストのお手製

ゴールドのマントに、ゴージャスな黄色いファーという“天童シバ美”と、華やかで貫禄ある袖なし羽織の“北シバ三郎”の衣装をはじめ、本作の犬たちの衣装を担当したのは、ドッグスタイリストの井田綾さん。本作は実在の日本犬専門雑誌の編集部員とその愛犬たちを中心としたノンフィクションが原作(片野ゆか『平成犬バカ編集部』)。井田さんは、ドラマの参考となった雑誌で約20年間、ドッグスタイリストとして活躍してきた。

井田 私はドッグスタイリストの前は、人間のスタイリストをしていて、ドラマの撮影にも関わったことがあるので、間違いなく大変な現場になるはずだとわかりました。でも自分がやるからには手を抜きたくないし、妥協もしたくない。やるかどうか悩みました。

井田さんはドッグスタイリストという肩書だが、小物なども含めてトータルコーディネートし、それらを自作できるという稀有けうな存在だ。

井田 日本犬専門誌では衣装小道具大道具全てやるのが当たり前。とにかく色々変わった面白い企画だったので、大変でしたが、今思えば楽しかったし、おかげで何でも出来るようになったのかな。

演歌コスプレのシーンは、放送時間ではわずか1分ほどだが、画面に映るのは、シバたちが着用している衣装だけではない。編集部員・新藤陽人(篠原悠伸)が編集部に持ち込んだ、何着もの演歌コスプレ衣装も井田さんの手によるものだ。(新藤は路上ミュージシャンという経歴があり、手先が器用で犬の衣装を作れる、という設定)

井田 撮影の小道具として机に並べたい、ということで、ドレスや着物、リボンなどの小物をいくつか作りました。これらは見栄え優先でボリュームを出しました。

実際にシバたちが着用するものは、それぞれのシバのサイズに合わせた“オーダーメード”。伸縮性のある生地や脱着しやすいデザインにする工夫をして、首周りのファーや頭の飾りも脱着しやすくなっており、細部まで犬のことを考えて作っているという。

井田 一部、既製品をアレンジすることはありますが、ほとんど一から作っています。人間と同じで、衣装合わせをしてお直しして、という作業を経て本番を迎えます。自分が作った衣装を犬たちが着てくれてうれしい、かわいい、という単純な気持ちだけではなく、間に合ってよかった、現場の流れを止めずに無事撮影できてよかった、自分が意図したように衣装を見せられた、という気持ちの方が強いですね。


犬を撮影するには、いくつかのポイントがある!

ドラマでは、ボム(ゆず)の飼い主でカメラマンの三田博之(こがけん)が、『シバONE』の写真撮影を担当していて、劇中でもたくさんの写真が登場する。これらを実際に撮影しているのが、日本犬専門雑誌の創刊初期に自ら編集部に売り込みに行った佐藤正之さんだ。こがけんさんにカメラの構え方などのアドバイスも行っている。

佐藤 我々が長年やってきたことが本になり、ドラマのモデルになるなんて、集大成を見ているようですし、「もう死んでもいいかな」と思えるほどです(笑)。

カメラマン 佐藤正之さん

スタジオで、こがけんさんをはじめとする編集部員たちが、「柴犬紅白歌合戦」の写真撮影を行うシーンを撮り終わったあと、佐藤さんがスタジオに入り、実際の撮影を行う。

佐藤 犬の写真撮影のポイントは、“犬本位”であること。見る人が見たら、撮影した写真から犬が緊張しているかどうかは伝わってしまいます。犬を撮影する時は正面から挨拶せず、素知そしらぬ顔で横に座ります。いかにも「前からここにいましたよ」というような顔をして、犬との距離を縮めていきます。犬の目を見てしまうと、犬は威嚇されていると感じてしまうので、目は合わせません。

犬を撮影する時は、つい人間の目線でカメラを構えがちだが、佐藤さんは犬の目線まで自分の頭を下げるようにしている。

佐藤 上から見下ろした写真はよく見かけるので新鮮味がありません。なるべく犬の目線までカメラを下げるので、常に小さいクッションを持参して、そこに膝を乗せて、うつ伏せの状態で写真を撮ります。この撮り方は、こがけんさんも再現してくださっています。でも、長年この体勢で写真を撮っていたので、腰を痛めてしまいました。

ドラマに出てくる雑誌の写真も佐藤さんが撮影している。
佐藤さんから見た、のこの印象は“生まれ持っての映画俳優”という。

佐藤 柴犬は犬の中でも変わり者というか、飽きっぽくて短気で、気が強いところがあります。でも、のこちゃんは撮影でやる気まんまんだし、楽しんでやっていることが伝わってきます。飼い主さん、ドッグトレーナーさんとのチームワークもいいですね。

ドラマの中で、シバたちのかわいい姿を堪能できるのは、その裏にプロたちの活躍あってのことなのだ。


【物語のあらすじ】

「人の人生に足りないものは、犬 !?」

自分のエゴの追求だけを追い求めたアラフォー雑誌編集職の男は、気づいたら職場はボロッボロ。
寄り添うものは誰もおらず、恨みと怒りを買うばかり。
そんな中でふと思いついた、柴犬しばいぬ専門の雑誌。
というのも、彼のそばには柴犬しか残っていなかったから。
押しつけられたはみ出し者や変わり者たちが集まって雑誌を立ち上げようとするが、ギスギスグサグサ、喧々囂囂けんけんごうごう
だけど、それを見つめる美しい瞳の犬。

そして、犬によって企画が生まれ、そのことで人間たちの病んだ心が一つ一つ、ほぐれてゆく!殺伐とした、寄る辺なき令和の人間関係を癒やし導くのは、けがれなき心のお犬様。

絡まりもつれた人の心を優しく解きほぐしてゆく、ヒューマン&ケイナイン(犬)ストーリー!


ドラマ10「シバのおきて~われら犬バカ編集部~」(全9回)

毎週火曜 総合 午後10:00~10:45
毎週金曜 総合 午前0:35~1:20 ※木曜深夜(再放送)

原作:片野ゆか 『平成犬バカ編集部』
脚本:徳尾浩司
音楽: YOUR SONG IS GOOD
出演:大東駿介、飯豊まりえ、片桐はいり、こがけん、篠原悠伸、やす、黒田大輔、水川かたまり/柄本時生、津田健次郎、MEGUMI/瀧内公美、勝村政信、松坂慶子 ほか
制作統括:高橋練(NHKエンタープライズ)、渡邊悟(NHK)
プロデューサー:内藤愼介(NHKエンタープライズ)
演出:笠浦友愛、木村隆文、加地源一郎、村田有里(NHKエンタープライズ)

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体にanan、BRUTUS、エクラ、婦人公論、週刊朝日(休刊)、アサヒカメラ(休刊、「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、mi-mollet、朝日新聞デジタル「好書好日」「じんぶん堂」など。