現在放送中の、連続テレビ小説「ばけばけ」。
松江の没落士族の娘・小泉セツと、外国人の夫・ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)をモデルに物語を大胆に再構成し、フィクションとして描いたオリジナル作品である。
怪談を愛した“夫婦の物語”を紡ぐうえで、大事にしていることは何か。作者である脚本家・ふじきみつ彦に話を聞いた。
松江が舞台!「僕にとっては運命的な出会い」
──朝ドラには、毎回、その作品や舞台となる地域を象徴する“食”が出てきます。島根県・松江が舞台の「ばけばけ」では、もちろんしじみ汁! どんな思いで描かれているのでしょうか?
実は、僕自身が松江の“生まれ”なんです。母の実家が松江で、祖父母がずっと住んでいました。だから、子どもの頃はお正月や夏休みなど、事あるごとに松江に遊びに行って、松野家のように家族でしじみ汁を囲む体験を何度もしているんです。毎日のように、松江での朝ごはんにはしじみ汁が出ていました。今回、松江が舞台の作品を書くのに、しじみ汁を出さないのは変だなと思うくらい、当たり前の存在ですね。
そういう意味では、松江の言葉にも大変なじみがあります。祖父母が話していた言葉でしたから。今回、「ばけばけ」のお話をくださったNHKの方々は知らなかったことですが、僕にとっては運命的な出会いだと感じています。

──「ばけばけ」は、ふじきさんがこれまで手がけた中でもいちばんの長編作品です。ご執筆の苦労や日々の執筆サイクルについてお聞かせいただけますか?
これまでの最長の作品が、NHK夜ドラの「褒めるひと褒められるひと」(2023年)だったので、1回15分×全32回かな。あの時も長いなあと感じましたけど、今回は15分×125回ですからね。「これは大変なことだ」と思いつつも、お引き受けしたからには頑張ろうと執筆しています。
ただ、僕は、最終回までの構成をしっかり組んで先を見通して書くのは苦手なので、制作のみなさんとの打ち合わせのたびに「ああでもない、こうでもない」と検討して……そこにずいぶん時間をかけている形です。それが苦労といえば苦労かもしれません。逆に、書くこと自体の長さについてはあまり気になっていないですね。文章(物語)を書くのは、基本、大好きなので(笑)。
執筆のサイクルは……子育て中なので、朝4時に起きて、子どもが起きる6時ごろまでが、最初の執筆の時間。それから、8時に子どもを保育園に預けにいって、9時から夕方5時ごろまでずっと書き続けます。そして5時半には子どもを保育園にお迎えにいって、そこから子どもと一緒に寝るまでは“お父さん”の時間。どうしても締め切りに間に合わなそうな時は、起きるのを早くしたりして執筆の時間を作る。そんなサイクルを守って書いていますね。
今思えば、以前は時間がたっぷりあったし、起きたり寝たりの時間も自由でした。土日はフルで使えて、書くのが好きな僕にとっては時間があればあるほど嬉しいし、はかどったんですが……。子どもができて、そのあとコロナ禍もあって変わりました。最初は子育てしながらも隙間時間が5分もできれば書こうともがいた時期もありました。でも、あるところから「これは割り切らないとむしろ書けない」と気づいたんです。それからは、“子どもといる時間は子どもと過ごす、仕事はしない”という今のスタイルに切り替えました。そしたら、限られた時間の中で集中するので、かえって楽に仕事ができるようになりましたね。
執筆は順調だと思います。今は第22週を書いているところで、変わらず楽しく書けています。最終回は……さっきも言ったとおり、あまり先のことまでしっかり組み立ててというのは苦手で。でも、こんな感じにしよう、くらいの構想はなんとなくできています。
盟友・岡部たかしの演技への絶対的“信頼”

──ヒロイン・トキ(髙石あかり)の父・司之介(岡部たかし)が、「頼りないけど、どこか可愛らしくて憎めない父」として、とても魅力的です。ふじきさんは、岡部さんとは、これまでも舞台などでご一緒して旧知の仲だそうですが……。
ええ。だから、やっぱり岡部さんが今回の出演陣の中にいてくれるのは、とてもありがたいですね。実は今回、「お父さん役に岡部さん、どうですか?」とご提案くださったのは、制作サイドでした。「お互いのことをよく知っている俳優が一人、ヒロインの家族の中にいたほうがやりやすいだろう」と配慮してくださったんです。実際に彼の出演が決まって、嬉しかったですし、単純にとても書きやすいですね。岡部さんがいるといないとでは、松野家の雰囲気はだいぶ変わったでしょうし、僕の筆の進みも変わったと思います。完全に“当て書き”ができるというのは、大きいですから。
僕が書く演劇の舞台には、「根はいい人で、だけどすごく失礼で、でも悪気はない」という人が必ず出てきます。その人の無自覚な行動が周りを困らせて、悲劇や喜劇を生む──という話が僕は好きなんです。で、その「いい人だけど失礼な人」の役は、たいがい、岡部さんにやってもらっていました。今回の司之介についても、結果的にですが、そうなりました。そういう役をやる時の岡部さんの演技に、僕は絶対の信頼を置いているので。

──トキの最初の夫である銀二郎(寛一郎)も、とても印象的なキャラクターです。「ばけばけ」は小泉八雲・セツ夫妻の物語なので、視聴者も結果がどうなるかわかっている中で書くのは難しかったのでは?
史実的なことでいえば、トキのモデルである小泉セツさんの最初のお相手は、「婿に入ったものの家族とそりが合わず、やがて出奔してしまう」ということだけが伝わっていて、ほかのことはあまりわかっていないんです。
でも僕は、トキと銀二郎の間にも、一瞬でもいいから楽しい時間が流れていてほしいなと思って、ああいうふうに描きました。トキにとって、ようやく自分を認めてくれる人が現れた、自分が好きなものを一緒になって好きでいてくれる理想の人に会えた、と。その喜びが、ドラマの映像からも伝わってきますよね。だから、本当はずっとこのふたりが幸せでいてくれたらいいな、なんて思ったり。それくらい、あのふたりにはちゃんと幸せなものが流れていたんだ、そう願って描きました。
銀二郎を演じる寛一郎さんも、僕は大好きな俳優さんで。この役のせいもあるんですけど、基本、ポーカーフェイスというか、あまり、感情を表に出さない方で。ただ時々、ほっと笑う瞬間があって、それがとても魅力的なんですよ。ドラマの中でも、銀二郎のそういうシーン、ありましたよね。だから、もう、本当にずっと見ていたかった(笑)。寛一郎さんが銀二郎を演じてくださって、本当に嬉しいなと思っています。
“日常の大切さ”にスポットライトをあてて描きたい
──実在の人物をモデルにされるとき、史実とはどのように向き合っているのでしょうか?
いわゆる偉大な作家としての小泉八雲とその妻、という偉人伝としてふたりを描くこともできたとは思うんですけど、今回はそうはしていません。もちろん史実は史実として調べて、おさえるところはおさえていますが、今回は、ふたりの日常生活にスポットライトをあてるという切り取り方で描くことにしています。
小泉八雲といえば怪談でしょ、と言われると、案外、それほどでもないかもしれません。描きたいのは、日常の大切さ。それから、異なる人間たちがどうお互いを受け入れていくかという物語なんです。
あの時代にはかなり異例な国際結婚。そもそも松江にやってきたハーンさん(ドラマではヘブンさん)は、何のゆかりもない知らない土地にやってきて怖かったでしょうし、一方、セツさん(ドラマではトキ)をはじめとした松江の人たちにとっても、初めて見る外国人でしたから、当然怖かっただろうと思うんです。その状況を「怖い怖い」と言いながらもなんとかやっていく。価値観も習慣も何もかも違うところから、なんとかわかろうとして、お互いに歩み寄っていく。「自分はこうだ、こうしたい」と主張するだけじゃなく、相手の話に耳を傾けて、気持ちを汲みあって。そういう日常を描くことが、この時代だからこそ、必要なんじゃないかと思っています。

──今週(第5週)、そのヘブン(トミー・バストウ)が、ついに松江にやってきます。見どころを教えてください。
ヘブンの登場で、これまでとは雰囲気がガラッと変わってきます。松江のいろいろな場所も出てきますし、彼が引っ掻き回すことで、さらに楽しくなってきます。ヘブンを演じるトミーさんも、本当にいい俳優さんで、すごく頑張ってくださっている。新しい出演者の方々も出てきますし、ますます見応えがあると思います。楽しみにしていただけたらと思います。

ふじき・みつひこ
早稲田大学卒業後、広告代理店勤務を経てコント、小劇場の世界へ。
シティボーイズライブ等でコントを書く一方、演劇では日本の不条理劇の第一人者・別役実氏に師事。その後、「みいつけた!」などEテレでテレビ脚本を書き始める。
主な執筆作に、NHK「阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし」(第30回橋田賞受賞)、テレビ東京「デザイナー 渋井直人の休日」「きょうの猫村さん」、WOWOW「撮休シリーズ」、映画『子供はわかってあげない』(沖田修一監督と共同脚本)、岡部たかし・岩谷健司の演劇ユニット「切実」、舞台『muro 式』。日常の些細な出来事を独特の笑いをまじえて描く会話劇が得意、と周りから言われる。