8月の「本の国から」辻山良雄さんのおすすめ本に『体の贈り物』という翻訳書がありました。著者はシアトル在住のレベッカ・ブラウン。日本に紹介されたのは四半世紀前ですが、6月に再刊行されています。表紙に「柴田元もと幸ゆき 訳」の文字を見つけて嬉うれしくなりました。J・D・サリンジャーやポール・オースターなど柴田さんの翻訳で触れた小説の数々を思い出したのです。

この夏は英国推理作家協会賞=ダガー賞翻訳部門での日本人作家初受賞が話題になりました。受賞作は王おう谷たに晶あきらさん著『ババヤガの夜』。バイオレンスアクションが満載の作品です。暴力団会長の娘の運転手兼ボディーガードを命じられた主人公・依子と会長の娘・尚子、対照的な2人の絆も読みどころ。最後まで一気に読ませますが、英語に翻訳するのは難しそうなシーンも。なぜイギリスでこの作品が支持されたのでしょうか?

その背景を翻訳家の鴻巣こうのす友ゆ季き子こさんにニュース情報番組「Nらじ」で聞きました。イギリスでは18~35歳くらいの層が翻訳小説を手に取る動きがあって、中でも日本のコンフォートノベル(癒やし系小説)やクライムノベル(犯罪小説)は大人気。シスターフッド(女性同士の連帯)という要素も受けるポイントだそうです。日本文学の翻訳家を育成する取り組みによって優れた翻訳家が生まれ、彼らは作品を掘り出し、出版社に売り込む役割も果たしています。『ババヤガの夜』の翻訳家サム・ベットさんが王谷さんと並んだダガー賞授賞式の映像は、世界的ベストセラーが、作家と翻訳家、2人の手で生み落とされたことを物語っていました。

さて辻山さんおすすめの1冊は、エイズ患者とホームケア・ワーカーの交流を描いた連作短編集でした。治療法が確立されておらず、患者は死を待つばかりだった時代を舞台に人生の最期の時を静せい謐ひつに描きます。悲しみとぬくもり。忘れがたい1冊になりました。こういう本と過ごした時間は“本からの贈り物”だね、と思った夏でした。

(しばた・ゆきこ 第4土曜担当)

※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2025年10月号に掲載されたものです。

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