「あなた方、トレインドナース(正規に訓練された看護師)になりませんか?」と言う大山捨松(多部未華子)の誘いを受け入れ、一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)は、まだ知る人が少ない看護の道を進み始めた……。連続テレビ小説「風、薫る」は、ここから2人のナースとしての試練と活躍が描かれていく。番組の制作統括を務める松園武大チーフ・プロデューサーは、物語の中にどんな思いを込めたのか。企画意図や主人公2人のキャラクター設定、バディものを制作するうえでの工夫などについて話を聞いた。
日本看護の先駆者・大関和さんと鈴木雅さんの関係に興味を持ったことが企画の始まり
連続テレビ小説の制作スタッフとして、これまで7作品に関わってきた松園チーフ・プロデューサー。「風、薫る」で初めて連続テレビ小説の制作統括を務めるにあたり、題材を考える中で「自分はドラマ制作者として視聴者に何を届けたいのか?」と、自問自答を繰り返したという。そのときに頭の中に浮かんだのが、コロナ禍の最前線で懸命に闘っていた看護師たちの姿だった。
松園 コロナ禍の経験は、当たり前の暮らしが突然できなくなるという、それまでの自分の人生にはなかった大きな社会の変化でした。当時、私は「エール」(2020年度前期)に携わっていましたが、連続テレビ小説が、撮影も放送も中断するという、かつてない事態に直面しました。おそらく多くの方が、これからどうなるのかと不安や恐怖を抱えていたと思います。そんな中、テレビに映し出されていたのが、必死に患者と向き合う医師や看護師たちの姿でした。患者に声をかけ、励まし、心から寄り添う姿に、私自身勇気づけられました。その記憶が強く心に残っていて、企画の出発点になりました。

そこから看護師という職業の成り立ちに興味を持ち、明治時代に最初期のトレインドナースとなった大関和さんと鈴木雅さんを知ったという。この実在の2人が、「風、薫る」の主人公・りんと直美のモチーフとなった。
松園 いわゆる西洋看護学、学問と紐づいた正式な教育・訓練を受けた看護師の黎明期に、いくつかの病院・学校でトレインドナースの方々が誕生しています。その中で、大関さんと鈴木さんのことが特に印象に残りました。私が調べた当時の資料では、2人はプライベートなことも、仕事上での付き合いも、お互いについて何も言及されていなかったんです。ともに桜井女学校附属看護婦養成所の第1期生で、同時期に同じ病院で働いています。鈴木さんは自分が設立した慈善看護婦会(後の東京看護婦会)を引退する際に大関さんに引き継いでいますから、確実に深い結びつきがあっただろうと感じました。この2人の間に何があったのかを想像したとき、看護師にとって決して簡単ではなかった時代に、“1人では乗り越えられなかった困難も、2人だったら乗り越えられたのではないか”と。その関係性を、視聴者の皆さんにも伝わるメッセージとして、どんな作品が作れるだろうと考えていったのが、企画の始まりです。
一言で「こういう人間」と表現しきれない、りんと直美のキャラクター

脚本の吉澤智子は、主人公の2人を「まっすぐで“うかつ”なりんと、愛すべき“あまのじゃく”な直美」とも表現している。その人物造形を大切に受け取りながら、そこからさらに多層的な魅力が広がっていった、と松園チーフ・プロデューサーは語る。2人のキャラクターについては、慎重に作り上げているそうだ。
松園 りんは、置かれてきた環境も含めて、とても捉え方が難しい人物です。セリフや行動から受ける印象だと、直美のほうが“ひねくれ者”っぽくて、りんのほうは“素直な人”と受け取られるかもしれません。でも、素直な自分の姿を見せられないのは、いつも人に気を遣っているりんのほうではないのかなと。彼女は若くして子どもができて母親になったことで、「ちゃんとしていなければいけない」という期待を一身に背負ってきた。その結果、誰にも見せられない感情を抱えているのではないかと。
一方の直美については、“生まれてすぐ親に捨てられ、教会で拾われて育った”という設定だけで、その人となりを決めつけてしまってはいけない。背景から単純に“こういう人だ”と断じられる存在にはしたくないと思っています。直美の真面目さや性格的な意味での不器用さなど様々な側面が見えてきます。

そんなりんと直美を演じているのは、見上愛と上坂樹里。松園チーフ・プロデューサーは大河ドラマ「光る君へ」で藤原彰子を演じた見上の演技に惹かれてりん役をオファーすることにした。見上にりん役を委ねた決め手となったものは何だったのだろうか。
松園 お芝居の素晴らしさはもちろんですが、ある種、お芝居を超えた力を持っていらっしゃるのではないかと感じていました。彼女が持っている存在感なのか、自然と視線が吸い寄せられる。りんが持つ育ちの良さの中にある脇の甘さや愛嬌、多面性を、見上さんなら魅力的に表現してくれると思いました。

一方、直美役は、見上がりんを演じると発表された記者会見でオーディションを開催することが明らかにされ、応募総数2,410人の中から上坂が選ばれた。直美役について、このスタイルを採ることにした理由は?
松園 オーディションにしたのは、僕たちが当時、まだ見えていなかった直美の世界が、誰かとの出会いで広がるかもしれないと思ったからです。オーディションではいろんな方に直美を演じていただいたのですが、仮に10人とすれば、10とおりの直美がいたんです。オーディションにご参加いただいたみなさん、本当に魅力のある方ばかりで。その中で、上坂さんからは、強い“1本の芯”のようなものを感じました。台本を作るうえで、太い軸足ができる気がしたんです。たくましく生きていく直美の可能性をとても強く感じ、一生懸命に生きる「上坂さんが演じる直美」を私たちが見たいと思ったんです。
主人公2人それぞれの世界があるから、セットの数は2倍に!

りんと直美が、やがてバディを組むことになる「風、薫る」。連続テレビ小説では、これまで主人公が2人、あるいは3人という作品はあったが、夫婦や肉親でなく、生まれた境遇が違う2人が主人公になるのは初めて。バックボーンが異なる2人を描く上での苦労とは?
松園 正直、ものすごく大変です。始まってみたら思っていたよりも数倍大変でした。台本を作るうえでも思考が2つ必要ですし、それぞれの世界をどう織り交ぜて見せるかも難しい。そして、シンプルにセットの数も増えます(笑)。りんと直美が出会って看護婦養成所に入るまでの期間は、過去作の倍近いセット数になっています。
そんな制作現場で、松園チーフ・プロデューサーが最も大切にしていることは何なのか?
松園 看護の世界をどこまで、どのように描いていくか。朝に放送される番組として、どこまで描写するか。看護の世界を題材にすれば、どうしても病を抱えた方のシーンは出てきます。病を抱える人の姿から目をそらさずしっかりと向き合って、丁寧に描くことが大事だ、と思っています。
「看護とは何か」という深淵なる問いに、主人公たちが向き合っていく姿をドラマでは真摯に描いていきます。りんや直美が一人一人の患者さんと正面から向き合う姿を、しっかりと紡いでいきます。視聴者の皆様には、それぞれの世界で必死に生きてきたりんと直美が、ジェットコースターのような時代のうねりに翻弄されながらも、運命に誘われるように看護の世界に飛び込み、成長していく姿を見ていただければと思っています。