それぞれの決意を胸に、梅岡女学校付属看護婦養成所入学の日を迎えた、一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)。ここから始まる、彼女たちのナースとしての“冒険”を、連続テレビ小説「風、薫る」はどのように描いていくのか。作品のチーフ演出を務める佐々木善春ディレクターに、女性2人の“バディもの”を演出するうえでの考え方、そして見上愛と上坂樹里、それぞれへの演技に対するアプローチの違いなどについて話を聞いた。
「バディものとは何なのか」を考えました

「風、薫る」は、主人公2人による“バディもの”でありながら、いわゆる「正反対の性格を持つキャラクター」として描かれて“いない”ところが、特徴のひとつになっている。そのため、りん役の見上が「2人は『月と太陽』の関係ではなく、双方が月にも太陽にもなり得る存在」と語っているのもうなずける。この難度の高い構造に対し、佐々木ディレクター (これまでに、大河ドラマ「光る君へ」「八重の桜」、連続テレビ小説「あさが来た」「マッサン」などを担当)は、制作統括の松園武大チーフ・プロデューサーから演出を託された際、まず「バディものとは何なのか」を考えたという。
佐々木 バディものとして比較的演出しやすいのは、探偵ものや刑事もののように、「1人が主で、1人が従」という関係がはっきりしたパターンだとこれまで思ってきましたが、今回は違います。両方を主人公としてヒューマンドラマを作る――それがどういうことなのかを、さまざまな方向から考えなければならないと思っています。
おそらく松園チーフ・プロデューサーは、「見ているものが違う人同士が視界を合わせたら、何が起きるのか?」ということを、バディものとして描きたいのだろうなと。だとすれば、お互いの価値観をすり合わせて、「どういうふうに手をつないだら、生きやすくなるのか?」を考えていくことが大事になってくると思いました。

背景の異なる2人の主人公を描く難しさについては、松園チーフ・プロデューサーも語っていたが、演出面においても高いハードルがあるようだ。佐々木ディレクターは常に、台本を読み込んで「登場人物の気持ちがどんな状態であれば、このセリフを言えるのか」を検証する作業を行っていて、主人公が2人になれば作業量は倍になる、という。
りんと直美が同じ看護婦養成所に進み、登場する舞台が1つになることでその作業に変化はあるのだろうか?
佐々木 このドラマは「足りないものを互いに補い合っていく物語」にしたいと考えているので、演出のやるべきことの質自体はこれからも変わりません。りんが「私はここが足りない。でもこれはできる」と思うことと、直美から見て「あなたの足りないところはここで、これを足せばいい」という認識は必ずしも一致しない。自分の自意識と、他者からの認識は違うものですよね。それらを組み合わせていくことで、表現のパターンは増えていきます。どこをプラスして、どこを引っ込ませるのか。あるいは全部を受け入れるのか。相互の関係によって表現の幅が増える分、難しさは増しますが、それが面白い部分でもあります。
今回の新たな経験を通じて、これまで自分が、ドラマ作りにおいてある“範囲”の中で作っていたんだな、ということも実感しました。
俯瞰でドラマを捉える見上愛と、感情を自分の中で反芻する上坂樹里

キャラクターの異なるりんと直美。2人をそれぞれ主人公として描くために、演出はどんな工夫をしているのか? 演じる見上と上坂は、どのようにアプローチしようとしているのか?
佐々木 まだ、具体的な正解は見つかってないんです(苦笑)。「誰かひとりの視線に寄せて描いたほうが感情移入がしやすい」という考え方もあるかもしれませんが、“バディもの”では両方の気持ちをきちんと伝えたい。そのために、どう演出するのがベストなのかを、常に探り続けています。見上さんと上坂さんでは、役へのアプローチの仕方がまったく違います。同じような発想で2人に言葉を伝えても、返ってくる演技は違ってきます。その違いをどう調整していくかは、僕を含め4人の演出家全員が、それぞれ真剣に考えています。
たまに(りんと直美の)キャスティングが逆だったのでは? という意見も耳にしますが、これで正しかったと思っています。
演出している側の印象としては、見上さんは、ドラマ全体を俯瞰で捉えて、「こういうイメージで演じれば、こう見えるんじゃないか」と考えながら、台本に誠実に落とし込んでいくタイプ、一方の上坂さんはセリフを口にしながら、そのリアルな感情を自分の中で反芻しながら演じていくタイプだと思います。僕たちは、2人が演じる表現をさらに引き上げ、ふり幅を広げられるようつとめています。
「ばけばけ」と同じ山を、逆のルートから登っている気がします

「風、薫る」は、前作「ばけばけ」と同じ激動の明治時代が舞台。明治維新によって、主人公の父親が武士ではなくなったことも共通する。感染症の蔓延、看病を生業とする人々への偏見、生きづらさを抱える女性たちの思いなどを含め、時代の変遷が生活者目線で描かれることから伝わってくるのは、日々の暮らしを懸命に生きることの尊さだ。
佐々木 僕の感覚では、「ばけばけ」と同じ山を、逆のルートから登っているという印象があります。明治という時代から現代を見ると、どこかで必ずリンクしているものがあって、潜在的には同じ場所を掘り起こしているのではないかと感じています。
「ばけばけ」は、おそらく人間の内側にある闇に目を向け、そこから見えてくる日常の愛おしさを描いた作品だったと思います。
一方で「風、薫る」は、愛おしいと感じる間もなく不条理が降りかかる。その中で、人がどう立ち向かうかを描く物語です。
ここまでの物語は、まさに怒涛の展開。りんは結婚と出産、離縁、瑞穂屋店員を経て、直美はマッチ工場から鹿鳴館、さらに結婚詐欺にも遭って、2人はようやく看護婦養成所の門をくぐった。物語も骨太で、描くタッチも重厚だ。
佐々木 明治時代に看護の道を切り拓いていくりんと直美を描くうえで考えたのは、激動の明治という時代の速度感をしっかり捉えてみる、ということでした。それは国を背負って歴史に名を残す人物だけではなく、みんなが感じたものではなかったかと思います。そのスピード感覚を共有しながら作っていきたい。それを、見上さんと上坂さんが真正面から受け止め、全力で演じてくれているので、印象に残るものになっていると感じています。
特に僕が演出を担当した今週(第4週)、2人が「自分たちには何もない」ことに気づき、養成所へ身を投じようと決意する場面は、見上さんと上坂さんが本当に直球でお芝居されていました。その思いが視聴者の皆様にも届いていれば嬉しいです。