
テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、プレミアムドラマ「勿忘草の咲く町で 〜安曇野診療記〜」です。
この夏は地上波民放局でも医療ドラマが2作品放送中。若手救命医や熱血産婦人科医が問題山積みの医療現場で悪戦苦闘している。「勿忘草の咲く町で~安曇野診療記~」も基本的な構図は同じだが、主人公は看護師、舞台は地方病院、患者の多くは高齢者。理想とは程遠い厳しい現実、医療崩壊寸前で医療従事者の疲弊と呪詛も織り交ぜながら、若き看護師と研修医の逡巡と成長を描いていく。

主人公の看護師・月岡美琴を演じるのは福本莉子。「パパがも一度恋をした」(フジ・2020年)では亡くなった母(本上まなみ)におっさん(塚地武雅)が乗り移って困惑する娘役、「赤いナースコール」(テレ東・2022年)では主人公(佐藤勝利)の恋人で、目的は復讐という物騒な女子を演じた。また、「全領域異常解決室」(フジ・2024年)では豊玉毘売命の魂が宿った捜査メンバーを、今年は「ラムネモンキー」(フジ)でおじさん3人(大森南朋・反町隆史・津田健次郎)を転がしながらも協力してくれる聡明な女子を好演。ややトリッキーな役も多い印象だ。今回は愛嬌も芯の強さもあるが、成長過程に見応えのある看護師として適役。

そんな美琴に激励され、ともに成長していく研修医・桂正太郎を演じるのが菅生新樹。寝ぐせをつけたまま院内の花瓶の花に気を配る、花好きの医師というベタな純朴だが、高齢患者の多い地方病院の現実を目の当たりにし、医師としての矜持を貫けない現状に悶々とする役どころ。ここ4年で地上波ドラマに連投し、プライム・深夜枠ドラマの主演も務めて、出演作数は兄・菅田将暉を超える勢い。
このふたりの恋模様にも注目……と言いたいところだが、個人的には高齢者医療の在りようが気になって気になって。
同僚(田辺桃子)から「好条件」と称されていた恋人(瀬戸利樹)に別れを告げた美琴は、内科病棟の主任に昇格。自分にできることは何か、ずっと模索している。先輩看護師で自身も母親の遠距離介護問題を抱えている大滝菜緒(土村芳)が教えてくれたのは「医者を動かすこと」。美琴は悩んでいる正太郎を叱咤激励しながらも、正太郎のまっすぐさや純朴さに学ぶところもあるようだ。正太郎は花屋の息子で、花に詳しい。美琴も感化されていき、花を愛でるように。院内での花禁止案に抵抗して、花を飾りまくる草の根運動を展開。
筋金入りのことなかれ主義の院長(本田博太郎)も折れ、小さな達成感を獲得したふたり。そんな看護師と医師の切磋琢磨で理想の医療も実現してほしいところだが、高齢患者の多い病院では綺麗事を言っている場合ではなかった。
死神の持論には説得力あり

正太郎にとって大きな壁となったのは、循環器内科医の谷崎譲治。最初っから研修医を歓迎しないスタンスを明確にし、高齢で重症の患者には延命治療を行わないポリシーをもっている。胃ろうや人工呼吸器などは勧めず、看取りの方針をたてることから「死神」というあだ名までつけられている。演じるのは、ここ十数年、強さや頼もしさで人格者やリーダーを演じることが多かった内藤剛志(「ホシをあげる!」の決め台詞でおなじみ、テレ朝「警視庁・捜査一課長」シリーズとかね)。内藤が穏やかな皮肉屋の役で、とても新鮮。
パワハラ・モラハラに敏感なこのご時世に、谷崎は問題発言が多い。患者の家族に対してもきわどい発言をするため、気をもんでいる看護師も多いという。
「内科の入院患者の半分は生きてるのか死んでるのかわからない状態ですからね」
「正論と理想ばかりがあふれ、現実を見ようとしない。我々はもうあふれかえる高齢者を人的にも経済的にも支えきれなくなっている」
「この国はもう以前のような夢の医療大国ではないんですよ。山のような高齢者の重荷に耐えかねて倒壊寸前です。倒れないためには限りある医療資源を的確に効率よく配分しなければならない。そのためには切り捨てなければいけない領域があるんです」
高齢両親の在宅介護真っ最中の自分にとっては、病院から切り捨てられることへの憤りがないわけではない。でも、看取りのつもりで始めた在宅介護が想像以上に長引いて、生活を浸食し始めた今、延命治療の是非もいろいろと思うところがある。死神の言葉を、倫理観を振りかざして即座に否定できない自分もいる……。
コードブルー発生!
命の選別ともとられかねない発言だが、自身の毒舌を回収する自虐のセリフもあって、谷崎に嫌な印象はない。強烈な皮肉を穏やかに放った後で「冗談です」と締めたり、高齢者切り捨て論を話した後で「睡眠不足だと余計なことをしゃべりすぎますね。年寄りの寝言だと思って忘れてください」と話を終わらせる。頭ごなしの説教でも、ねちねちと人格否定でもなく、限りなくドライ&クール。

実際、谷崎の診察は丁寧。外来と入院も含めて1日7時間ぶっとおしで80人の患者を診察し、当直まで担当することも。この病院で唯一の循環器内科医だからだ。病気を治す勉強をしてきた正太郎にとっては、余計な治療をしない方針が理解できなかったものの、医師として尊敬できる部分もおおいにある。
第4話では、正太郎の判断と心意気に谷崎がほだされるエピソードが登場。谷崎の悲しい過去と、ドライ&クールに至った経緯も見えてきた。

そして第5話では、入院患者(久しぶりにお姿拝見、平泉成)の誤嚥による窒息が起こり、コードブルー発生。懸命の救命も叶わず亡くなってしまい、医療訴訟で現場の看護師が責任を問われかねない事態へ。萎縮している看護師たちをかばい、責任はないと断言してくれたのは谷崎だ。死神、私は尊敬するよ……。
高齢者医療、究極の二択
病院には、高齢者の重症患者だけでなく、食事や排せつの介護が必要な認知症の患者もいる。特に、誤嚥は命取りで細心の注意が必要だ。我が老父も認知症で誤嚥のリスクに常に晒されているため、食事はとにかく時間がかかる。劇中のコードブルー発生のシーンのように、2回ほど窒息しかけて、姉が背部叩打法で救命したこともあった。ホント、高齢者は詰まらせるのよ!! 多忙極まりなく、人手が常に足りない病院内では、かなりの労力と時間を要するだろうと察する。医療と介護が必要な高齢患者の問題にも直面する美琴と正太郎。
高齢患者が多い地方病院が舞台なだけに、よくある医療ドラマとは主軸が異なる。凄腕外科医がバッサバッサと手術して患者を見事に救ったり、心優しい内科医や精神科医が病気以前の問題を突きとめたり、なんて単純明快な話ではない。人間として最期はどうあるべきか、という問いに、どうしても辿り着いてしまうのだ。

消化器内科医で副院長も兼務する三島清一(吹越満)のセリフは、高齢者を抱える家族と高齢医療に携わる人間に深く刺さるものだったと思う。
田舎の医者の多くは今の高齢者医療に疑念を持ち続けている。高齢者は施設で発熱すると入院し、家に帰ることなく再び施設に戻る、という実情をふまえて、
「人が生きるとはどういうことなのか? 歩けるということは大事なことなのか? 寝たきりでも会話さえできればいいのか? 会話ができなくても心臓さえ動いていればいいのか? もちろんこの問いに正解はありません。しかし、延命か看取りか、この正解のない問題に向き合うことは必要です。大切なのは、なるべくたくさんの考え方に接して、自分自身の哲学を鍛えることです」
そうなんだよ。必ずしも正解でなくてもいいと思っていても、「生きる」定義や「幸せな最期」の定義を考えてしまう。医者じゃなくても、自分自身の哲学を鍛えなければいけない……。ということで、私にとっては他人事ではないお題の作品。エンターテインメントでもハートフルでもなく、もはやドキュメンタリーである。

物語の事態はより深刻な方向へ。不穏な空気へいざなうのは、くだんの窒息死した患者の娘(杉田かおる)だ。直後は、父の死を「仕方ない」と受け止めていたのだが、親族とともに医療過誤の可能性を指摘しに病院へやってきた。訴訟も辞さない強気な姿勢の親族、逆に言葉少なく、迷いもあるように見える娘……。杉田かおるに自分をうっすら投影しながら結末を見届けようと思っている。
ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。
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