連続テレビ小説「ブラッサム」は、明治、大正、昭和を駆け抜けながら自由を求め続けた作家・宇野千代をモデルにした物語。主人公・珠たま(石橋静河)は、さまざまな出会いや別れを経験しながら“書く”喜びに目覚め、やがて作家への道を歩み始める。

父・清きよ治じ(渡部篤郎)の死、嫁ぎ先を出奔しての離縁、初恋に破れての解雇など、数々の困難に直面しながらも前を向いて進み続ける珠。保たもつ(金子大地)との共同生活が始まり、再び筆を執るようになった。

インタビュー後編では、珠にとって大きな意味を持つ「書くこと」、執筆シーンの撮影を通じて感じたこと、そして撮影現場の日々について石橋静河に話を聞いた。

石橋静河インタビュー・前編はこちら


激動の中に「よし、決めた!」という瞬間が描かれています

――状況が目まぐるしく変わる中でも、揺るぎない部分、大切にしている部分はありますか?

序盤から激動で、さまざまな選択に迫られますが、「よし、決めた!」という瞬間がきちんと描かれています。だから、さまざまなことが起きても、そこには納得できる理由があって、自分で選びとっていく。だからこそ、珠はカラッとしていられるのだと思います。

たとえ転んで怪我けがをしても、すぐに立ち直って前を向いて走っていけるのが珠という人物。ストーリー展開は早いですが、しっかり、波に乗っている感じがあって、翻弄されているわけではない。それは演じていても感じられます。

珠はいろんな人物に出会っていきますが、相手役の方々が、確実にその役として存在してくださるんです。だから、目と目を合わせたときに感じるものがあって、その瞬間もキャッチできる。展開が早くても、私自身は一つ一つ自分の糧にしながら前に進んでいる手応えがあります。

――珠にとって「書くこと」は人生を切り開く大きな力になっていきます。書く場面を演じながら感じたことはありますか?

撮影が進むにつれて、珠の書くシーンが増えてきました。当初、私にとって作家さんが悩んだり、考えたりしている間というのは、机に向かっているイメージでした。
でも、千代さんの本を読めば読むほど、彼女はすごくアクティブで、まず体が動いて、そこに思考が追いついてくるタイプのように感じます。そのため、そういう人がなぜ作家という、じっと机に向かって書き続けることを仕事として生きていったのだろう、と考えていました。

書くシーンを演じるにあたっては、書道指導の今口鷺外先生とともに、珠らしい字を一緒に考えていきました。先生の字、私の字、そして千代さんの字。それぞれを混ぜ合わせるようにして字を作り、鉛筆の持ち方や書き順なども1から教えていただきました。その中で気づいたのが、「書くことは、実はすごくフィジカルなものなんだ」ということ。これは私にとって大きな発見でした。
千代さんは、書くという行為をとおして、自分の中に溜たまっているものや、言葉にできない何かを外に出していた。それが生きていく上で必要なことだったのではないかと思っています。

それから千代さんの文字の変遷についても気になっていることがあります。子どもの頃の千代さんは達筆だったそうです。それがだんだん丸くてかわいらしい字になっていきました。そこに至るまでに何があったのだろう? ということも考えています。だからなおさら、指導の先生に教えてもらう時間は私にとってとても大事な時間になっています。

――撮影現場での楽しみや、印象に残っていることを教えてください。

現場は本当に楽しいです。次から次へと素敵すてきな俳優さんたちが来られて、皆さん素晴すばらしいお芝居をされるので、一緒にお芝居をしているだけでも毎日刺激をもらっています。

また、みんなの楽しみになっているのが、劇中の料理を担当してくださっている広里貴子先生のご飯です。本当に丁寧に作ってくださっていて、例えば珠が岩国から持ってきた味噌みそで味噌汁を作るシーンでは、実際に山口の味噌を使ってくださいました。東京での暮らしに慣れてきた頃には赤味噌に変わる。そんな細かな設定まで大切に再現してくださっています。
撮影が終わると、みんなで撮影で使ったご飯をいただくことになるのですが、それが本当に楽しみ。スタッフの皆さんも出演者も、この時間にすごく元気をもらっています。

――珠の歩みを演じる中で、これから楽しみにしていることはありますか?

珠にとって「書くこと」がどんどん大きな存在になっていくと思います。人との出会いや経験が、どう作品に結びついていくのか。私自身も演じながら発見することが多いので、そこを楽しみにしています。