2026年10月13日、東京・大崎のゲートシティホールで、ABU(Asia-Pacific Broadcasting Union)が主催する国際会議“Media Provenance Summit Tokyo 2026”が開催されました。会議では、AI時代における情報の信頼性をテーマに、8か国から212人が参加。放送局や報道機関、標準化団体、技術企業など、国内外の関係者が意見を交わしました。
今回、NHK財団は日本側の事務局として会議運営を支えるとともに、技術事業センターが開発した「多言語講演字幕システム」を国際会議で初めて運用しました。英語による講演をリアルタイムで文字化・翻訳し、日本語と英語の字幕として表示することで、言葉の壁を越えて議論を共有する環境づくりに挑戦しました。
AI時代に問われる「情報の信頼性」
生成AIの急速な普及によって、誰でも高品質な画像や映像、音声を作ることができるようになりました。その一方で、真偽不明のコンテンツや偽情報・誤情報の拡散が世界的な課題となっています。
サミットの中心的なテーマとなったのが「C2PA」*1です。
*1 Coalition for Content Provenance and Authenticityの略。画像や動画などのコンテンツについて、制作や編集などの来歴情報を記録し、その情報がどのように作られたものかを確認できるようにする国際的な技術標準。
C2PAは、画像や動画などがどのように制作・編集されたのかという来歴情報を記録し、その情報の透明性を高めるための国際的な技術標準です。今回の会議では、C2PAそのものの技術的な議論だけでなく、実際のニュース制作や配信の中にどう取り入れていくのかについて、11のセッションなどを通じて意見が交わされました。
会議を通じて印象的だったメッセージの1つが、「偽物を見つける」だけではなく、発信する側が「本物を本物として証明する」という考え方です。情報の信頼性を1つの組織だけで守るのではなく、メディアや技術企業、標準化団体などが連携して支えていく必要性が議論されました。


戦時下のウクライナから伝えられたC2PAの意味
今回のサミットを特徴づけたプログラムの1つが、ウクライナ公共放送Suspilne Ukraineからの参加です。 プログラムでは“Trust under pressure: Ukraine’s C2PA Journey”と題したセッションが設けられ、Suspilne UkraineからDmytro Khilchenko、Kyrylo Iesinの2人が参加しました。厳しい情報環境に置かれているウクライナにおけるC2PAの必要性と、実際の導入・活用について参加者と共有する貴重な機会となりました。続くセッションではBBCやIPTCなども加わり、組織を越えて情報の信頼性確保に取り組むことの重要性が議論されました。



今回のウクライナからの参加には、財団内の部局を越えた連携によって実現したことも大きなポイントです。準備段階から国際会議への招聘について国際事業センターと連携し、ウクライナの現況について情報共有を行いながら、会議の重要なプログラムとして招聘を進めました。
C2PAを単なる新しいデジタル技術として捉えるのではなく、厳しい情報環境の中で「発信した情報がどこから来たものなのか」「信頼できる情報であることをどのように示すのか」を考える機会となりました。
国際会議を「伝える技術」で支える
こうした世界各地からの知見を共有する国際会議では、もう1つの課題があります。それが「言葉の壁」です。
そこで活用したのが、NHK財団 技術事業センターが開発した多言語講演字幕システムです。
システムは講演者の発言をリアルタイムで文字化し、翻訳結果とともに表示します。今回の会議では10本の講演に日本語と英語の字幕を提供しました。会場スクリーンには、上部に発表資料、下部に日英の字幕を並べ、講演内容と資料を同時に確認できるようにしました。

国際会議でこのシステムを実運用したのは今回が初めてです。C2PAという専門性の高いテーマを扱う会議において、参加者が言語の違いを越えて同じ情報を共有する環境づくりを技術面から支えました。


また、7つのブレークアウトセッション*2では複数会場で同時に音声認識・翻訳を行う必要があったため、外部サービスを組み合わせた別のシステムで対応しました。そこで得られた認識結果は、当日の振り返りセッションの資料作成にも活用されました。
*2 大人数で行う全体会議とは別に、参加者がテーマごとの小さなグループに分かれて議論する分科会形式のセッション。


実際に使ったからこそ見えてきたこと
初めての国際会議での運用は、システムを次の段階へ進めるための機会にもなりました。
例えば、講演者の発言が長く続くと字幕の表示領域がいっぱいになったり、認識途中の文字が頻繁に切り替わって読みにくくなったりするケースが散見されました。また、「C2PA」のような固有名詞や、日本語と英語が混在する発言をどのように正確に認識するかという課題も明確になりました。
今後は、固有名詞をあらかじめ登録できる機能や、認識した文章から言語を改めて判定する仕組み、字幕をより自然に読み続けられる表示方法などを検討していきます。
重要なのは、単に「速く翻訳する」だけではありません。講演を聴きながら無理なく読み続けられ、必要な情報を自然に理解できる字幕にしていくことです。
国際会議から、もっと身近な場面へ
今回の初運用を1つのゴールにするのではなく、NHK財団では実際の利用の場を増やしながら、システムの改良を進めていきます。
財団には、すでに、高齢者施設向けライブ配信への字幕付与などの要望も寄せられています。今後は、国際会議や講演会だけでなく、年齢や使用言語、聴こえ方などにかかわらず、より多くの人が情報にアクセスできる場面へ活用を広げていきます。
今回のサミットは、技術事業センターのシステムを実践する場であっただけではありません。海外の放送局、標準化団体、技術企業とのネットワークを築き、C2PAを「なぜ必要なのか」という議論から「実際のニュース制作や配信にどう取り入れるか」という次の段階へ進める場にもなりました。
ウクライナから伝えられた「信頼できる情報を証明する」ことの意味。そして、その大切な情報を言葉の壁を越えて多くの人に届けるための字幕技術。
一見すると異なる2つのテーマですが、そこには「信頼できる情報を、必要とする人に確かに届ける」という共通点があります。
NHK財団では今回築いた国内外、そして財団内のさまざまな部局とのつながりを次の活動へ生かしながら、技術と実際の利用の場を結びつけ、誰もが信頼できる情報にアクセスしやすい環境づくりにつなげていきます。
(文 NHK財団 技術事業センター 石井啓二)