ヒット作を次々と生み出している漫画家・じまおさは、いまだ漫画家としての代表作がない嵩(北村匠海)にとって、常に劣等感を刺激させられてしまう存在だ。この手嶌は、名前からもわかる通り、「漫画の神様」と称されている手塚治虫をモデルとした人物。手嶌役の眞栄田郷敦に、どのような意識で撮影に臨んでいるのか、話を聞いた。


手塚治虫さんをインプットしながらも、嵩にとって手嶌がどうあるべきなのかを考えました

――手嶌役で連続テレビ小説への出演オファーを受けて、どんな印象を持ちましたか?

“朝ドラ”という誰もが見ている番組ですので、素直にうれしいなという気持ちです。手塚治虫さんがモデルということで、「朝ドラで手塚さんを演じられる。めちゃくちゃ面白そう!」と。最初は、あの偉大な方を演じられるんだと、とても楽しみでした。
ところが、いざ演じてみると「これは、本当に難しい!」と、大変な思いをしています。いろいろ考えすぎて、何が正解なのかわからなくなってしまって……。この表現で合っているのか、不安な日々を過ごしています。

――役作りについては、どんなことから始められましたか?

とにかく手塚治虫さんの資料を集めて、ドキュメンタリー映像だったり、書籍だったり、あとは宝塚市にある手塚治虫記念館に行って、手塚さんがどんな人生を歩んできたかを、できるだけインプットするところから入りました。実在する人物を演じた経験はありますが、ちゃんと映像が残っていて、誰もが知っている人は初めてだったので。
短期間の役作りで、あの天才の人生を全部知るなんて不可能だと思い、インプットをしながらも、「あんぱん」の台本の中で僕が何を表現しないといけないのか、北村匠海さんが演じる嵩にとってどういう存在であるべきなのかを考えました。そのような観点で、手塚さん本人との違いはあるかもしれないけれど、自分だからできる手嶌治虫をやろう、という気持ちになりました。

――インプットされた中で、この部分は大事にしたいと思われたところを教えてください。

普段は温厚で、ユーモアもあって、ずっとニコニコしているような印象も受けたのですが、作品に対してすごくストイックに取り組む姿勢や集中力などが本当に「天才だな」と。映像を見て伝わってくる人柄の部分は、やっぱり軸として大事にすべきだと思いました。
手塚治虫記念館で自分の中に取り込んだのは、シーンを表現するために使う要素というよりも、漫画に対する熱量でした。それを具体的に表現するシーンはおそらくないと思いますが、手嶌治虫が主人公の話ではないので。それでも医者というバックボーンがあること、手塚さんが自伝にも書かれていた「本業は医者で、漫画は副業」という言葉は、自分の中で大事にしたいと考えました。

――これまで手塚作品に親しまれてきましたか?

がっつり漫画を購入していたわけではありませんが、『鉄腕アトム』や『ブラック・ジャック』は読んでいます。今まで描かれてきた漫画を全部読む時間はありませんでしたが、ポイントとなる有名どころの作品や、手塚さんにとってのターニングポイントになった作品は、ある程度目を通しました。僕は『ブラック・ジャック』が好きですね。記念館でも「医者はなんのためにあるんだ」と叫んでいる有名なシーン、そのコマがプリントされているTシャツを買いました(笑)。手塚さんの漫画は言葉もいいし、一貫して命や世界の情勢が描かれているので、どの作品を読んでも心を動かされます。


演じるにあたって「生命力」が感じられるように

――手嶌が嵩と出会って声をかけるシーンが眞栄田さんのクランクインでした。演じてみて、どんな感想を持ちましたか?

とにかく緊張しました。普段はそれほど緊張しないほうですが、やっぱり誰もが知っている実在の人、手塚治虫さんがモデルということが、自分の中で大きかったんでしょうね。すごいプレッシャーを感じて、このシーンはどう演じるのかがわからないままでした。普段のお芝居は正解というものがないから、自分が魅力的だと思ったり、作品として魅力的な方向に持っていけばいいけれど、今回はいろんなバランスも取らないといけないから、すごく難しく感じましたね。
(別の作品で共演経験がある)北村匠海さんと(健太郎役の)高橋文哉さんが一緒だったので、少しだけ安心でしたが、それでも相当に緊張していました。

――台本のト書きにも「さわやかに微笑ほほえむ」とありましたが、好青年に見える感じは何か意識しましたか?

そこは自然と意識はしていなくて、むしろ難しかったのは、若々しさを表現することでした。参考にした手塚さんの映像は、年を取ってからのものが多く、若いころの映像があまりなくて。もう駆け出しではなく、割と売れている時期のものでした。でも巨匠として多くの作品を残したことで生まれる余裕とか、貫禄とは少し違うのかなと思い、想像を膨らませながらやっていました。若さゆえの作品に対する熱量の強さ、もしかしたら若いころにとがっていたのか?というのはわかりませんが、ややこしいことはせずに、映像に残っている手塚さんの人柄をそのまま若く、ちょっと意識したような感じで演じられたらなと思いました。

――手塚さんを象徴するような眼鏡とベレー帽でしたが、扮装ふんそうしてみての感想は?

やっぱり衣装を着て、メイクをすると、イメージが湧きますね。見た目はちょっと似ているんじゃないかな、と勝手に思ったりしています(笑)。撮影現場ではいつも劇用の眼鏡をかけているんですけど、ふと鏡に映った自分の姿を見たときに、そう思ったりするのですが、どうでしょうか?

――嵩から見た手嶌は、自分がちっぽけな人間だと思わされてしまう雲の上の存在ですが、そのあたりはどう演じようと考えましたか?

そこはすごく悩みました。嵩さんにとって天才にならないといけないと思いつつ、でも「神様みたいな人だけれど、こちら側まで降りてきてくれる神様」みたいな表現を誰かがしていたんです。そのおごらない感じや天狗てんぐにならない感じとともに、やっぱり天才感も出したい。今後、ポイント、ポイントで、嵩の人生に影響を与えられる人物にしていきたいなと思っていますね。

――あのシーンは、まだ嵩を柳井嵩と認識したうえで言葉を交わしたわけではありませんでしたね。

靴ひもを結んであげるエピソードは初期段階の台本にはなかったのですが、撮影時に登場して、実際に演じてみて、すごくよかったなと思いました。ここから嵩と手嶌の関係性が始まるんだという空気がありましたし、この2人の対比みたいな部分もちゃんと見えたかなと思って。キャラクターもそうですが、現在の立ち位置やお互いの考え方もしっかり出ていたんではないでしょうか。2人が初めて対面するシーンでしたが、かなり伝わるものがあるんじゃないかなと、靴ひもを結びながら感じました。


大事なことは、柳井嵩の人生をいかに色付けできるか

――手塚さんについていろいろ研究されたと思いますが、やなせたかしさんの作品に対する思いはありますか?

史実として、やなせさんが描いた絵に手塚さんがれ込んで、自分が制作した映画『千夜一夜物語』の美術とキャラクター・デザインをお願いしていて、そういうシーンはきっと登場すると思うので、それまでに勉強しようと思っています。
やなせさんは「僕が学んだのは、手塚治虫の人生に対する誠実さ。才能は努力してもかなわないが、誠実であることはその気になれば可能で、いくらかは近づける。その意味で、僕の人生の師匠である」とおっしゃっていましたので、とにかく誠実に演じたいですね。
そして、僕にとっては手嶌治虫が、嵩の人生をどう色づけられるかということを、いちばん大事にしています。その中で、手嶌自身の魅力を出せる瞬間があればいいかな、と思っています。


「あんぱん」は、のぶと嵩の関係性が素晴らしい

――撮影現場に入られるまでに「あんぱん」をご覧になっていたと思いますが、全体的な印象はいかがでしたか?

時代背景の重みというか、戦争という大変な時代を生きていたんだな、ということが伝わってきますよね。豪(細田佳央太)や千尋(中沢元紀)が戦死して帰ってこないとか、嵩の戦地での体験とか。嵩を描くにあたって、戦争は絶対描かないといけない部分だと思うし、それが「アンパンマン」誕生の起因になるのかなと思いながら見ていました。
その一方で、僕はラブ・ストーリーとしても楽しんでいます。嵩とのぶ(今田美桜)がどうなっていくんだろうか、という。

――なかなか結ばれなくて、嵩がのぶに「好きです」と言うまでに17週かかりました(笑)。

そこが、いいんです! 冒頭で年を重ねて漫画を描いている2人のシーンがありましたが、いつか一緒になるのがわかっているから、その過程が見られて面白いです。幼なじみという設定はフィクションですけれど、それが入ることで、より作品の楽しみが増えた気がします。

――今後の「あんぱん」に、俳優としてこんな心持ちで臨みたい、というものはありますか?

朝の放送なので、明るくポジティブにいきたいですね(笑)。手嶌にとってのファーストシーンも、天才感を強めに出したために、ちょっと暗めのテンションになっちゃったのではないかと、個人的に心配しているんです。途中で修正しようかなと思ったりもして、かなり悩みましたね。多分、ここから年を取っていくと思うので、徐々に年齢を重ねるごとに増す、それこそ包容力だったり余裕だったりというのも出していければなとは思っています。できるだけ、明るくいきます!

※手塚治虫の「塚」は旧字体が正式表記。