実家の本屋・丸屋が売られた先が耕書堂だった縁で、つたじゅう(横浜流星)と結ばれた、てい。いつしか何人もの手代や女中を抱え、大勢の戯作者や絵師たちが出入りする大店おおだな女将おかみとなっていた。だが、まつりごとかじ取りが田沼意次おきつぐ(渡辺謙)から松平定信さだのぶ(井上祐貴)に移るや、出版の世界にも統制の風が吹き始める。世情が移ろうなか、ていと蔦重の関係に変化はあるのか。ていを演じる橋本愛に聞いた。


蔦重と共鳴したり、対立しながら、夫婦としてより対等な関係になっていく

——第35回では、蔦重が松平定信の政治を皮肉る黄表紙作りに邁進まいしんしていきます。ていは「あまりにもおふざけがすぎます」と不安視していましたが、ここから夫婦の関係性も変わっていくのでしょうか?

出版統制が始まって、これまでのように黄表紙が出しにくくなった中、それでも蔦重さんは抜け道を探して、何とかたわけたい。そうすることで世を明るくしたい。そんな信念を持っています。

でも、ていは、もしおとがめを受けたら、本を作ることすら許されなくなる。それでは本末転倒だと考えます。自分は一度店(丸屋)を潰したことがあるので、また店(耕書堂)を失うのではないか、また旦那様の身に危険が迫ったらと、強い恐怖を感じるんですね。それだけは絶対に避けたい。だから、蔦重さんと意見が分かれてしまうんです。

蔦重さんの言うことすべてにイエスとなってしまわないよう、今のていは何とか蔦重さんと拮抗きっこうしようとしているのかな、と思っています。蔦重さんには強い引力があるので、それ以上に強く自分を持っていないと、どうしても引っ張られてしまうので。

——確かに、ていは一見おとなしそうに見えるけれど、言うべきことはちゃんと言いますね。

そうなんです。言うべきことは言うし、蔦重さんがそれを言わせてくれる人なんですよね。蔦重さんは女性の意見もちゃんと尊重して、対等に向き合ってくれるところがあります。ていはていで、自分の力によって世を耕したいという思いの強さは、蔦重さんにも負けてないと思いますし……。だからこそ、ふたりは共鳴し合ったんだと思います。

——定信による「寛政の改革」で、本屋にとっては試練の時代がやってきますが、蔦重を支えるていを演じるうえで、どのようなことを意識していますか?

ていは、夫の放蕩ほうとうによって店を潰された私怨もあり、戯けることをとする世の中を、どこか息苦しく思ってきました。ですが蔦重さんと出会って、戯けることによって皆が笑顔になることの豊かさを知り、少しずつその志が浸透してきたころに、定信の質素倹約の時代がやってきます。

ていも、はじめは定信の信念に共鳴するのですが、やがて過剰な統制や刑罰に対して、疑問や不安、恐怖を抱きます。ですので、政治の流れを読みながら、旦那様の信念を貫くサポートをするという、バランサーとしての役割を意識しています。守るべきものを守るべく、冷静に、情熱をもって生き抜こうとする姿が、すごくかっこいいなと思います。

——夫婦としても、新しいフェーズに入るという感じですか?

そうですね。蔦重さんと共鳴したり、対立したり、時には夫婦げんかもしながら、より対等な関係になっていきます。ていは以前よりもずっと自分らしく生きられるようになっていますし、旦那様の前でしか見せない表情や、感情がどんどん豊かになってきています。


これ以上ないプロポーズの言葉で、蔦重とともに生きていく覚悟ができた

——最初の取材会では視聴者の反響が不安とおっしゃっていました。放送されて、好意的な声がたくさん寄せられていますが、その反響をどのように感じていますか?

本当に安心しました。どんな反応であれ、受け止めようと覚悟していたので。私もドラマを1話から楽しみに見ていて、ていを受け入れてもらうことは、なかなか難しいだろうなと感じていました。でも、森下佳子さんの脚本の妙で、ていが愛すべき人として描かれ、それが視聴者の皆さんにも伝わったことがすごくうれしかったですし、安心しました。

——蔦重とていは、最初は商いのための夫婦でしたが、今では心も結ばれています。ていが蔦重のことを「あっ、好き」と思ったのはいつですか?

「あっ、好き」(笑)ではないですけど、いちばん大きな出来事は、浅間山の噴火の灰が降るシーンで「遊びじゃねぇから遊びにすんじゃねぇですか」って、蔦重さんがおっしゃったときでしょうか。

真面目で、遊びのない生き方をしてきたていは、ぎもを抜かれたと思うんですよ。遊びによって、こんなにも豊かな発想が生まれ、みんなを動かすことができるだなんて。自分が愛する日本橋の人々を笑顔にしている蔦重さんを見て、「かなわないな」と思ったのがいちばん初めの感情でしたね。

自分の非力さに落ち込むことはあっても、嫉妬に留まることなく、素直に蔦重さんに対して羨望のような、尊敬する気持ちを抱いたんです。人として好きになって、それがふたりの境界線をどんどん溶かしていったんじゃないかな、と思います。

——第26回で、お寺の前で蔦重から出家を止められたシーンでは、どんな感情でしたか?

一言で言えば、嬉しかったですね。「つまらないと思ったことはない」と言ってくれたことも、何から何まで嬉しかったです。ていは子どものころからずっと「つまらない人間だな」と言われてきただろうし、自分でもそうレッテルを貼って生きてきた人だと思うんです。だから、「そんなことないよ」と、人生丸ごとを肯定してくれる言葉を投げかけてくれたのは、本当に嬉しい出来事だったんです。

ていにとって、それまで唯一自分を肯定してくれた存在が、父親だったんじゃないでしょうか。だから、お父さんを亡くした後は心のどころもなくなって、本音を語れる相手がお寺の和尚さん(マキタスポーツ)しかいなかった……(笑)。そんな中で、蔦重さんが自分を肯定してくれたばかりか、コンプレックスに感じていたところを、ある種の才能として認めてくれた。これ以上ない嬉しさでした。

あと、「この先、山があっても谷があっても、ともに歩んでいきたい」と言ってくれた言葉も嬉しかったです。前夫のようにまた陥れられるんじゃないかというトラウマもありましたし、蔦重さんにかれれば惹かれるほど、自分がまた店を傾かせてしまったら、という不安な気持ちもありましたし……。

「山があっても」はもちろん、「谷があっても」ともに生きていきたいって、これ以上ないプロポーズの言葉ですよね。どんなに苦しい目に遭っても、逆境に置かれても、この人といたいと思ってくれていることが伝わって、嬉しかった。自分もおびえず、ひるまず、何が起きても蔦重さんとともに生きていこう、と覚悟が決まった瞬間でした。

——横浜流星さんとのお芝居で刺激を受けたことはありましたか?

いちばん刺激を受けたのは、先ほどの第26回で出家を止められるシーンですけど、それ以外でも、蔦重さんが鶴屋(右衛もん/風間俊介)さんから暖簾のれんを受け取る祝言のシーンは印象に残っています。

あれがクランクインの日だったんですけど、祝言をあげるシーンを1日中撮っていたんです。鶴屋役の風間(俊介)さんも朝から晩までずっと同じセリフをしゃべっていて、「何回、暖簾渡すねん!」みたいな感じで……(笑)。そんな中で、蔦重さんが「暖簾を汚さないようにします」と答える場面が、最後の最後での撮影だったんですよね。

すごく大事なシーンじゃないですか。それなのに何度も何度も同じ場面を演じて、「これだけやったら、気持ちがすり減っちゃわないかな」と心配していたんです。でも、すばらしい集中力で、とても爆発力のあるお芝居をされていたのが心に残っています。


年齢を重ねた芝居をするときに思い出すのが、樹木希林さんの「腰」という言葉

——大河ドラマでは、時間をかけて1人の人物が変化していく姿を演じます。台本が最後どうなるのかわからないなか、年を重ねるお芝居をするうえで心がけていることはありますか?

史実として蔦重さんが若いうちに亡くなるので、「べらぼう」で、ていが老人になるまで描かれることはないと思いますけど、いつも心がけているのは、声と姿勢です。これは“物理的な”話になってしまうのですが、声がどんどん深くなり、姿勢も重心が低くなっていく。そしてたたずまいもりんとはしているものの、どこか力が抜けていく……。これから、そうなっていく気がします。

年齢を重ねたお芝居をするときにいつも思い出すのが、樹木希林さんの言葉です。希林さんは30代からおばあちゃん役を演じていらして、その経験から「普通、役者さんは背中から曲げるけど、違うのよ。腰なのよ」とおっしゃっていました。だから、「腰、腰」と意識しています。

——深くなる声というのは、最後の着地点を最初から計算して作っている感じですか?

計算はしてないです。ていが登場する第23回までの流れに沿って、ていの声を作っていきました。最初は、すごく緊張感のある声——とても堅くて、低くて、迫力のある声にしたいなぁと考えました。今まで女郎たちと身近に触れ合ってきた蔦重さんの妻になるので、逆に色香を消したかったんです。全く色気のない声で「こんな人と関わったことがない」というような人にしたくて……。

ただ、これから先は、いろんな声色が出てくると思います。今でも少し、柔らかさが出てきてはいるんじゃないかな? と思っていますし、これから蔦重さんのユーモアが移って、ちょっとちゃっ気が出てきたりするのかな? とか、いろいろ試行錯誤しています。

——以前の取材で「ていは笑わない」とおっしゃっていましたが、最近は「お口巾着」のぐさがすごくチャーミングだと視聴者の方にも評判でした。堅物なていの可愛かわいらしい部分を、どういうふうに表現しようと思いましたか?

あのシーンは、台本を読んだときに「ええっ?」と思って(笑)。こんなシリアスな流れの中でやるのかと思ったのですが、真面目だからこそ面白いっていうこと、ありますよね? 普段でも、周囲を笑わそうとしたら滑ってしまうけど、そう思っていないときに意外とウケた、みたいなことが(笑)。なので、真面目だからこそ、堅いからこそ出てくる面白さは、意識するようにしています。

——今後、ていが笑顔になる場面はあるんですか?

台本に「ちょっと笑う」と書いてあったような、なかったような……。あれは幻だったのかな?(笑)でも、もし笑うんだったら「絶対に、ここだ」という場面で笑いたいので、それも試行錯誤中です。

——ていとご自身の性格の部分で、ギャップを感じていらっしゃるところはありますか?

いっぱいあります! もう、私は基本的にずっと大笑いしているタイプなので、笑わないことがまず難しいですし、ていのような堅さはないです。でも、ギャップを感じるからこそ、面白いとも感じています。自分の中にないものを、「ていさんなら、どうするかな?」と考えることで、自分のクリエイティブが試されますし、発想する時間がすごく楽しいです。

——先ほどの「腰から曲げる」ことも含めて、今後のていはどうなっていきますか?

ひとつ、ピンポイントなことで言うと、肩が下がっていくんじゃないかな、とは思います。若いうちはちょっと肩が上がっていて、緊張感がある感じ。それがどんどん力が抜けていって、もっとこなれていくというか、どっしり、ずっしりとしていくのかな、と。重心をうまく下げられたらいいなと思います。


横浜流星さんと一緒にゴールテープを切れるかもしれないことが、すごく楽しみ

——これからの撮影で楽しみにしていることはありますか?

もしかしたら最終回に立ち会えるかもしれないと思っています。初めてなんです、大河ドラマで最後まで出演することが……。途中参加も初めてでしたけれど、最終回に立ち会えるかもしれないことを、すごく楽しみにしていて。

そうなったら、きっと言いようもない感慨に襲われるだろうなという予感もあるし、それこそ大きく長い川を流れてきたような体験でしょうから、絶対今後の仕事に生かされるだろうなと思っています。長い間奮闘されてきた横浜さんやスタッフの皆さんと一緒に、ゴールテープを切れるかもしれないことが、すごく楽しみです。

——最後にひとつ。ていが蔦重と祝言を挙げる前に、蔦重は「丸屋さんの暖簾は残しますよ」と言っていたのですか、丸屋の暖簾はどうなったんでしょうか?

残ってないですね。残すって言ってくれたのになぁ……(笑)。もちろん、大事にしまってはありますが……。祝言のとき、蔦重さんが涙を流しながら鶴屋さんから耕書堂の暖簾を受け取って、ていにも見せてくれたのですが、喜ばしさ半分、しさ半分でした(笑)。