初めてお会いした土方ひじかためいさんは、彫刻家・舟越桂さんの彫り出す人物像のような内に思いを秘めた静かな人、というのが第一印象でした。

現代美術全般に多大な影響を及ぼした美術史家の土方定一ていいちを父に持つ土方さん。子どものころ、家にはいつも画家や彫刻家、学芸員、教え子などが出入りし、知らず知らずのうちに美術に親しむようになったと言います。

思春期の頃、いったん美術から離れたものの大学卒業後、東京都・練馬区立美術館の立ち上げに参加、数々の作家のもとへ足を運び、生きた美術を探す経験を積みます。その後、神奈川県の平塚市美術館では「美術館の経営や地域と美術館の関係」について経験を重ね、全国の美術館とつながり、公立施設で新たな可能性を見いだしてきました。

こうした経験を経て、川崎市岡本太郎美術館*1の3代目館長に。

*1 神奈川県川崎市多摩区枡形7-1-5 生田緑地内 電話:044-900-9898

実は土方さん、子どもの頃に岡本太郎に会っていました。「父と太郎さんが知り合いでした。展覧会場の入り口で突然あの大きな目に見つめられ、子ども心にも友達として接してくれる目線の低さを感じた」と言います。

「太郎さんがいちばん大切にしていたことは常に現在形で、今を生きているということ。だから古びないんです。歴史上の傑作をうやうやしく鑑賞するのではなく、今を生きる私たちが一緒に生を爆発させるために、その時できる企画をどんどん仕掛けていきます。岡本太郎というアーティストの真の姿、その全貌を広く伝えるのがこの美術館の仕事です」と土方さん。美術館には岡本太郎が川崎市に寄贈した1779点もの作品が所蔵・展示されています。いのちを懸けて運命と闘い続けた岡本太郎のエネルギーが充満した空間となっています。

土方さんは仕事帰りの画廊巡りを欠かさず、もう40年も続いています。「これは趣味であり、喜びなんです」と土方さん。「今という時代とどう切り結んでいくのか」常に問い続ける土方さんも現在進行形の人でした。

(いしざわ・のりお 第2・4水曜担当)

※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2025年8月号に掲載されたものです。

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