第47回では、一橋治済(生田斗真)と蜂須賀家お抱えの能役者・斎藤十郎兵衛(生田斗真・二役)が入れ替わるという衝撃の展開を迎えた。蔦重(横浜流星)が仕掛ける“写楽絵”を絡め、大どんでん返しを主導したのは、治済に煮え湯を飲まされてきた松平定信だった。井上祐貴は、この展開をどのように受け止めたのか。クランクアップ直後に聞いた。
失脚したらドラマからいなくなると思っていたので、定信が治済に対する仇討ちの先陣を切る展開には、驚くと同時に嬉しくなりました
——治済の策略で定信が失脚した後の物語が、まさかこんな展開になるとは思ってもいませんでした。井上さんは事前にこの流れを聞いていらっしゃったのですか?
いえ、全く聞いていませんでした。なので、定信は史実どおりに失脚したら、そこでドラマからサーッといなくなるものだと思っていました。スタッフさんからも「失脚した後、しばらく出ないかも」と聞いていたので。だから第43回の(定信が失脚する)台本をいただいたときに「これが定信にとっての最後か」と思って、「よし!」と気合いを入れ直したんですよね。

——将軍補佐と老中を解任されて、布団に頭を突っ込んで事態を呪っていたときですね。あそこが定信にとって大きな転機となったのでしようか?
あのあたりはオロシャの問題と「尊号一件」も同時に動いていて、定信の中で考えることがとても多く、治済に対してフラストレーションが溜まっていた時期で……。そのタイミングでの失脚だったので、まさに「煮え湯を飲まされた」思いでした。
——その後、治済に対して罠をしかけていく展開について、どのように感じましたか?
続々と上がってくる台本を読んだら、定信がずっと出ていて「おやっ!?」という(笑)。しかも治済に対する仇討ちの先陣を切っていくので、「定信がやるんだ!」と驚くと同時に、「まだ出られる!」と嬉しくなりました。もちろんセリフがたくさんあって大変なシーンも多かったですが、それは嬉しい悲鳴と言いますか。

——平賀源内(安田顕)が生きているように見せかける、蔦重たちの“写楽絵”にも接することになりましたが、黄表紙や浮世絵にも造詣が深い定信はどんな心境だったと思いますか?
定信がフォーカスしているのは治済であり、大前提としては治済に向けての作戦なので、“写楽絵”そのものには一喜一憂しないようにしていたと思います。高岳(冨永愛)しかり、三浦(庄司/原田泰造)しかり、みんな「敵は治済」と思っているはずなので。もちろん定信は昔から絵や文学が好きなので、絵を見て「お!」とテンションが上がったり、心が高揚したりする瞬間もあったとは思いますが。
——蔦重に対しては、特別な思いがあったのでしょうか?お白洲で対峙するなど、激しく敵対していた人物が仲間になったわけですから。
治済に対する仇討ちが目的なので、蔦重に対して常に特別な思いを抱くようなことはなかったと思います。とは言え、かつては蔦重のことを大明神と呼んでいましたし、写楽の絵と同じように「おお、蔦重だ」という気持ちになった瞬間はあるかもしれませんね。

——お白洲のシーンでは、定信が蔦重からかなり離れたところに座っていましたが、間近で横浜さんとお芝居をしてみて、どんな感覚になりましたか?
終盤で、やっと会えたな、という感じです(笑)。最初に対峙するシーンでは距離があって、表情もよく見えない状態でのお芝居だったので、ようやく普通の距離でお芝居をできたことがすごく嬉しく、収録している時間がずっと楽しかったです。横浜さんとは同い年なので、勝手にですけど、僕はとても刺激を受けているので、そういう意味でもめちゃくちゃ楽しかったです。
耕書堂を訪れたときは、やっと来ることができた嬉しさや感動を、プライドを保ちながら表現できたらいいなと臨みました
——そうやって対治済の罠を仕掛けていった定信ですが、治済に見破られて、毒饅頭という逆襲を受けることになりました。しかも隠居を勧められてしまい、定信にとっては屈辱以外の何物でもなかったと思うのですが、あのシーンは……。
もう「斬るしかない」という感じでした。怒りがあふれてきて、その感情に任せたままお芝居をしました。刺し違える覚悟でしたね。森下(佳子)さんの脚本からもですが、斗真さんからも「これをやられたら、絶対にキレるよね」というお芝居を仕掛けられ……。そうして引き出してくださった感情が、そのまま映像になっていると思います。

——それでも蔦重と共闘して、最後は治済と斎藤十郎兵衛による入れ替わり計画を成功させ、復讐を遂げました。そこでは「してやったり」という気持ちだったのでしょうか?
意外と冷静なんですよね、定信は。治済を殺さず、孤島に島流しすることで納得しましたし。想像していた定信の「やってやった感」というのが、それほど出ていない脚本だったので、「なるほど。この感じなのか」と、自分の中で咀嚼し直した感じでした。
——白河に戻る前に耕書堂を訪れましたが、そのときに気をつけたことはありますか?
「耕書堂は神々の集う神殿であった」と、定信は心の底から思っていますし、やっと来ることができた嬉しさや感動をうまく表現できたらいいなと思って収録に臨みました。その嬉しさをどれぐらい出すのか、演出の大原さんともすごく話し合いました。
(耕書堂へ入った)最初の一歩目、蔦重は後ろにいるので、定信の顔は見えていない。もちろん定信としても後ろの蔦重に表情を見られていないというのも分かっている。「やばい、出ちゃってるよ定信!」と、視聴者の方がツッコみたくなるぐらいの温度感を目指しました。
あれほど近い距離感で蔦重と話すのは、きっと定信も想像していなかったことだと思うので、感慨に浸りながら、でも自分のプライドも保ちながら……。ちょっとした駆け引きもありますし、微笑ましいシーンになっていればいいなと思います。

——嫌われ役を演じる上で、好かれるための工夫を考えたりすることはありましたか?
それは考えませんでした。かと言って「嫌われ役でいい」とも思っていなくて……。いや、考えたほうがよかったのかもしれないし、ちょっと正解がわからないですね。ただ考えていたのは、定信として「国を良くする」「これが正しいと自分に言い聞かせながら、やる」ということ。それだけを考えていました。
追い込まれて、それを自信に変えてという経験をできて……本当に出会えてよかったなと思う作品と役でした
——ここまで定信を演じてきて、いちばん印象に残っているシーンは?
いっぱいあるので、いちばんを聞かれると難しいのですが、第40回で本多(忠籌/矢島健一)から「人は『正しく生きたい』とは思わぬのでございます。『楽しく生きたい』のでございます!」と言われたシーンが、とても心に刺さっています。それでも引き返せない、「いや、違うんだ」と跳ね返してしまうところが、すごく定信っぽいなと思いました。

——撮影の中で苦労したこと、楽しかったことを教えてください。
苦労したのは、長ゼリフですね(笑)。特に最初のほうは苦労しました。正座でのお芝居も、1日中撮影をしていると足が痛くなって……。ですが、基本的にはずっと楽しかったです。
そうそうたる先輩方との共演というのもあって、とても緊張しましたが、こんな経験はなかなかできるわけではないので、ここで悔いを残したくないと思って、胸を借りるつもりで挑みました。「NGを出したら、すみません」と思いつつ、絶対に芝居を“置き”にいかずに、攻めていこうと思って、やらせていただきました。
——定信役は、井上さんにとってどのような経験でしたか?
今までそんな感情になったことはなかったんですけど、「これ、自分にできるのかな」と思うことが何回かありました。追い込まれて、それを自信に変えて、という経験をたくさんできて、本当に出会えて良かったと思う、作品と役でしたね。
——ナレーションでも語られていましたが、白河へ戻った定信はその後どんな人生を送ったと思いますか?
史実に残っているとおり、自分が本当に好きなことに時間もお金も費やしたのではないでしょうか。実際、『源氏物語』全巻を自筆で7回も書き写していますしね。他にも常人にはできないような業績をたくさん残しているので、自分の「好き」に惜しみなく力を注いで、楽しむ人生を送ったのだろうと思います。そんな定信の片鱗が最終回でも描かれるので、最後までお楽しみいただけたら嬉しいです。
