
Eテレ「おかあさんといっしょ」で“体操のお兄さん”を12年務めた佐藤弘道さん(57歳)。2024(令和6)年に発症した脊髄梗塞に向き合いながら、同じ病気を経験した人の目標になれるよう励んでいます。
聞き手 嶋村由紀夫
この記事は月刊誌『ラジオ深夜便』2026年3月号(2/18発売)より抜粋して紹介しています。
突然の発症と緊急入院
――今、お体の具合はいかがですか。
佐藤 車いすや杖は卒業しているんですが、股関節から下にしびれがあって、熱い・冷たい・痛いといった温痛覚が鈍くなっています。バランス系の神経がダメージを受けてしまい、自分の体の中心を探りながら歩くので、つまずいても転ばないようにする筋肉トレーニングやリハビリを続けています。昔から健康に気を付けていましたし、たばこも吸わなければ、お酒も弱くて晩酌程度。病気とは無縁だと思っていましたから、まさか自分がと信じられませんでした。
――発症は2024年の6月、仕事で鳥取へ向かうときだったそうですね。
佐藤 朝一番の飛行機だったので午前4時に起きたのですが、どういうわけか左足がしびれていたんです。荷物を運ぼうとしたとき、左足が床に沈んでいく感じがしました。そのまま転んだんですけれど、気にせずに支度して、車を運転して羽田空港へ向かいました。もし運転中に両足が麻痺していたら、アクセルもブレーキも踏めないので、今思えば危なかったと思います。
羽田空港に着いてから気分が悪くなり、腰の痛みも強くなってきて。離陸後は、体を丸めてじっと痛みに耐えていました。同行していた妻が車いすの用意をお願いしたり、救急で病院に入れるよう連絡したりするうち、飛行機は無事に着陸。ところが、立とうとしても足が動かない。体操の平行棒の選手みたいに、両手で座席を伝いながら通路の前方まで行き、車いすに乗せてもらいました。鳥取で保育士の研修会があったので、妻が僕の代わりに会場へ向かい、僕は保育園の先生の車で病院に運ばれたんです。
――救急で診てもらったんですね。
佐藤 たまたま脳神経の先生がいらして、検査後すぐに「脊髄炎か脊髄梗塞かもしれない」と言われました。脊髄梗塞の患者は病名が分からずにいろいろな検査をされたり、病院をたらい回しにされたりすることもあるらしいです。発症から時間がたつほど回復が遅れるそうなので、僕の場合は不幸中の幸いでした。
入院後、脊髄梗塞ってどんな病気なんだろうとスマホで調べました。脊髄の血管が詰まり、神経細胞が壊死することで、麻痺や感覚障害が起こる病気。有効な治療法はなく、症状を緩和して生活の質を維持する療法が中心と書いてあったんです。ああ、治らないんだと知り、精神的にもどん底でした。食欲がないので体重が減り、筋肉が落ちていくのが分かりました。
※この記事は2025年11月12日放送「応援を励みに、自分が目標になれるように」を再構成したものです。
下半身麻痺からの復帰までの道のり、「おかあさんといっしょ」オーディションの裏話、そして父が“見守ってくれた”初収録の日のこと――佐藤さんのお話の続きは、月刊誌『ラジオ深夜便』3月号をご覧ください。

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