ロケ初日に車が壊され、撮影機材が盗まれそうに……。イタリア南部のナポリでの出来事です。中部の宗教都市、アッシジでのロケを終え、ナポリに移動した日の夜でした。食事をしていたわずかな間にドアが壊され、車内を物色されました。盗難にはあいませんでしたが、取材のために借りた車は、一夜にして走行不能に。翌日からはタクシーでの移動になったのですが、そこでの出会いが、ナポリの印象をガラリと変えてくれました。
イタリアといえば、真っ赤なスポーツカー。街を疾走する姿を期待したのですが、見かけるのは、ドアがきしみ、錆が浮き出た車ばかり。石畳の路面は補修もされず、交差点の信号機は消えていました。「ナポリを見て死ね」とまでゲーテが絶賛した景色とは思えませんでした。そんなナポリの街中で、たまたま乗り合わせたタクシー。初老の運転手さん、鼻歌まじりでハンドルを握り、街のガイドをしてくれました。途中、白煙をあげてエンジン停止。すぐ直すからと、運転手さんが手にしたラジエーターキャップは、なんと、布を巻いたワインのコルクでした。
楽天的で、なんとも愉快。どんな所にお住まいなのか訪ねてみると、アパートに家族7人で暮らしていました。その中に黒人の赤ちゃんが……。名前はナイマちゃん。アフリカのソマリア生まれ。なぜこの家に? と聞くと、「かつてイタリアはアフリカに悪さをした。そのアフリカから出稼ぎに来た夫婦が困っている。だから子守を買って出た」と言うのです。運転手さんの生活だって、あのラジエーターキャップを見れば、楽ではないことは一目瞭然。でも、自分が出来ることをしているだけ! と、当たり前のように話す運転手さんに頭が下がり、心が温かくなりました。
「ナポリを見て死ね」。ゲーテがそう説いたのは、風景だけでなく、ナポリっ子の内面を見なさい、ということだったんですね。この冬、イタリアでオリンピックが開かれます。観戦に行かれる方も、心がほっこりする旅を楽しんでくださいね。ビバ! イタリア。
(はたけやま・さとし 第1・3木曜担当)
※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2026年1月号に掲載されたものです。
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