2009年WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の強化合宿が2月に宮崎で行われました。スーパースターが勢ぞろいしました。取材に訪れ、グラウンドに出てスタンドを見上げると練習開始1時間以上前なのに、一分の隙もなく埋まっていました。そしてファンは選手が一人もいないグラウンドに視線を送り、息を詰めて登場を待っていました。
待つこと30分、ようやく一人の選手が元気よく飛び出しました。若手の青木宣親です。地元・宮崎県日向市出身とあって場内のどこからともなく温かい拍手が湧きました。次の盛り上がりはニコニコ笑顔の天才捕手・城島健司、声援に応えて場内を巻き込みます。更に雰囲気が一変して女性の声が響くと長身でスタイリッシュなダルビッシュ有が進み出て、ため息交じりの甘い雰囲気が漂いました。続々と松坂大輔、杉内俊哉、藤川球児、田中将大……興奮はもう止まりません。そしてしばし間が空き、一塁側のダグアウトに視線が張り付きました。皆が待っていたイチローです。「ついに来た!」。膝を高く上げて胸を張り、グラブを手に颯爽と。
「イチロー!」。歓声がこだまし、拍手が鳴りやまない。ムードは最高潮に達したと思いました。イチローがファンに深々と礼をすると高揚感を残しながらも場内は落ち着きを取り戻しました。バリバリの大リーガーが金メダルを確約しに降臨した感覚でした。
イチローの余韻に浸っていると小さな騒めきが起こり始め、徐々に輪となって膨張し、スタンディングオベーションを伴って地鳴りの如く空気を揺るがせました。グラウンドに目を戻すと、ゆっくりゆっくり片手をズボンのポケットに入れ、足を引きずりながら選手たちのもとへ懸命に向かう長嶋茂雄さんの姿があったのです。イチローのもとにたどりつきがっちりと握手を交わしたとき、まるで映画のワンシーンを見るようでジーンとしてうれしくて皆が泣いた気がしました。それは日本の野球の発展を願う昭和のヒーローと平成のスーパースターが合体した世紀の瞬間でした。
(おのづか・やすゆき 第1金曜担当)
※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2026年1月号に掲載されたものです。
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