「今冬、最も安定した評判を得ているドラマ」と言っていいでしょう。ミラノ・コルティナ2026オリンピックの放送で2週休止していた「テミスの不確かな法廷」(NHK総合、火曜22時)がいよいよ24日から再開します。
23日にここまでの全5話が再放送されるため、このタイミングで同作の「何が視聴者の心をつかんでいるのか」「どこに作品の本質があり、終盤の見どころは何なのか」などのポイントをあげていきます。
発達障害の主人公に引かれる理由

まず「テミスの不確かな法廷」のコンセプトとあらすじをあげると、主人公は任官7年目の裁判官・安堂清春(松山ケンイチ)で、舞台は前橋地方裁判所第一支部。
安堂は幼いころに衝動性や落ち着きのなさからASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)と診断されたが、自らの特性を隠し、“普通”を装って生きてきた。しかし、前橋地裁に赴任した安堂は、自身のふとした言動で第一支部の面々を戸惑わせ、法廷内外で混乱を巻き起こしていく。はたして安堂は複雑な人間模様が絡み合う難事件にどう迫り、どう裁いていくのか……。
ここまで支持を集める最大の要因は、主人公・安堂のキャラクターと松山ケンイチさんの演技で間違いないでしょう。
発達障害を抱える裁判官・安堂の口ぐせは、「僕は宇宙人、地球人の争いごとを裁くのが仕事だ」。社会になじめない本当の自分を隠すために宇宙人と思い込む姿に胸の痛みを感じさせられます。安堂は“普通”であろうと振る舞うものの、こだわりが強く、空気を読めず、突発的な行動を取るなど、ここまで自らの特性に悩まされる姿が描かれてきました。
さらにもう1つ安堂を悩ませているのは、発達障害のカミングアウト。安堂には「障害を持つ裁判官に裁かれたくないのではないか」という思いがあり、一方で「裁くのに障害や特性は関係あるのか」とも感じています。
自分は裁判官を続けていけるのか。それとも辞めたほうがいいのか。第5話の段階では、「裁判官を辞めることを私は辞めていません」「でも法廷から嘘がなくなる瞬間が好きなんです」などと迷うシーンがありました。
そんな安堂の特性や悩む姿を松山さんが静かに熱演。表情、仕草、佇まいなどに違和感がなく、「安堂の特性に由来するこだわりが真実の追求につながっていく」という展開にリアリティをもたらしています。
なかでも注目してほしいのが「わからないことをわかっていないと、わからないことはわかりません」というセリフのシーン。これまで繰り返し語られてきましたが、松山さんはその都度、セリフ回しや表情などに変化を付けていました。
ベタベタせず孤立させない距離感

さらにもう1つ視聴者から支持されているのが、安堂を取り巻く人間関係。特に第一支部のメンバーとは「ベタベタせず孤立もさせない」という絶妙な距離感が保たれ、だから安堂は悩みながらも踏み留まることもできているのでしょう。
その顔ぶれは、定年間近の部長判事・門倉茂(遠藤憲一)、将来を嘱望されるエリート判事補・落合知佳(恒松祐里)、高い情報収集力を持つベテラン書記官・八雲恭子(山田真歩)、人懐っこい若手書記官・荻原朝陽(葉山奨之)、味方にも敵にも見える執行官・津村綾乃(市川実日子)。安堂の予測不能な言動に振り回されながらも、徐々に彼のひたむきさを理解していく微笑ましい関係性が描かれています。
さらに、安堂の特性を利用しようと近づくが影響を受けてしまう弁護士・小野崎乃亜(鳴海唯)、実直な人柄だが安堂にペースを乱されるお人好しの検察官・古川真司(山崎樹範)、安堂が13歳のころから寄り添い続ける精神科医・山路薫子(和久井映見)も視聴者が魅力を感じるキャラクター。リーガルドラマでは裁判官、弁護士、検察官が集まると対決モードになりがちですが、当作は法定外で建設的な会話を交わすシーンが目立ちます。

この中でも特筆すべきは上司の門倉。かつて「伝説の反逆児」と呼ばれる反骨精神の裁判官だったものの、定年が迫り波風を立てずに過ごしていました。しかし、安堂の影響を受けて本来の自分を取り戻していく様子が描かれています。とりわけ法廷で「司法の場をなめるな」「落ち着いていられるか、人が死んでるんだぞ」と弁護士を一喝した第4話のシーンには称賛の声があがっていました。
ネット上には「(松山)ケンイチと(遠藤)憲一の“ダブルけんいち”が最高」という声があがるなど、理想的な上司と部下の関係を見ている人がいるようです。
さまざまな立場の人々を描くドラマ10

事件と裁判をベースにした作品であるものの、当作が最も描きたいのは人間ドラマでしょう。実際、各話の物語は「さまざまな立場の人々がどう生きていくか」にフィーチャーして描かれ、「普通って何?」「正義とは?」「私たちは発達障害の人とどう向き合っていくのか」などを考えさせられるシーンが目立ちます。
これまで同作が放送されている『ドラマ10』は、LGBTQ、外国人問題、難病、定時制生徒など、さまざまな立場の人々を積極的に描いてきました。今回は主人公の発達障害に加えて事件関係者の状況を描き、その上で法廷シーンを盛り込むことでエンタメドラマに昇華させています。
もちろんリーガルドラマとしての見どころも十分。ここまで少年が市長を襲った傷害と詐欺未遂、親友をこん睡状態に追い込んだ高校生の傷害と窃盗教唆、運送会社ドライバーの過重労働による交通事故、ベトナム人の傷害と無戸籍児問題などが描かれました。

さらに学びの部分も大きく、たとえば前回の第5話でピックアップされたのは、裁判官のタイプが弁護人や警察が出した書類を重視する“書証主義”と、被害者や被告人の尋問を重視する“人証主義”に分かれること。書証主義の落合が人証主義の安堂を理解することで事件の真相にたどり着き、関係者を救う展開は爽快感がありました。
残り3話で扱われるのは、家族4人が惨殺された前橋一家殺人事件。家族に恨みを持っていた男が犯人とみなされ、死刑が執行されたが、娘・吉沢亜紀(齋藤飛鳥)が「父は法律に殺された」と訴えて再審請求したことで物語はクライマックスに入っていきます。
日本の司法において死刑執行された事件の再審が認められたケースはゼロ。しかも男を死刑に追い込んだのは、最高検察庁次長検事で父の結城英俊(小木茂光)だけに安堂はどのように向き合っていくのか。
第6話の予告映像には安堂の「僕は真実が知りたい。25年前に何があったのか。必ず明らかにします」と力強く語るシーンがありました。さらに「安堂は発達障害をカミングアウトするのか」などの見どころもありますが、『ドラマ10』の作品ならポジティブなエンディングが期待できるのではないでしょうか。
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレント専門インタビュアー。雑誌やウェブに月20本以上のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』『どーも、NHK』などに出演。各局の番組に情報提供も行い、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。全国放送のドラマは毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。
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